第4章 見知らぬ世界 – 気付き
文字数 1,689文字
気付き
「で何? それで男を殺しちゃったの?」
「そうよ。持っていたナイフでメッタ刺しだったって。それでそのまま踏切に飛び込んじゃって、自分もグジャグジャになっちゃったってわけね」
そう言ってしまってから、そんな自分の表現に思わず顔をしかめる。
「でも、可哀想なのは優美ちゃんの方よね……ホント、殺されて当然よ、あんなやつ……」
と続けて、いきなり神妙な顔付きに変わった。
そこは谷瀬香織のマンション前で、喪服姿の中年女性2人が数珠を片手に立っていた。1人は同じマンションの事情通で、早々に焼香を済ませて話し相手を探していたのだ。
そんなところに、マンションの斜向いに住むもう片方も喪服姿で現れる。ここぞとばかりに聞かされる話に、あっという間に興味津々、次々に事情通へと質問を浴びせかけていた。
「え? 奥さんご存知なの? 一緒に暮らしてたっていう男のこと……」
「ほんとここ数ヶ月なのよ、ここに住むようになったのって……まあ、それ以前も何回か見掛けたことはあるんだけどね。ほら、うちってエレベーターのすぐ傍だから、結構いろんなことが分かっちゃうの。とにかく、お母さんが住み込みで働くようになって、あの男ともしょっちゅう顔を会わせるようになったわけ……それからよ、優美ちゃんが夜、一階の階段のところに現れるようになったのは……」
「あ、それは主人から聞いたことがあるわ。あそこの明かりの下でドラえもんの漫画を読んでたって。それが凄く寒い日でね。主人に、何か持っていってやったらなんて言われたけど、うちは谷瀬さんところとまるでお付き合いないから、わたし、そのままにしちゃったのよ……」
「わたしも実はね、声を掛けたことあるの、どうしたのって……。でも、何も言わないのよ。もう夜遅いから、うちにいらっしゃいって言ってもね、ただ首を振るだけなの。だんだんね、わたし可哀想になってきちゃって……」
「でも、どうしてあんなところで? 男が追い出すのかしら?」
――おじさんが……いるの……。
「それが違うのよ。昼間エレベーター前で、学校帰りの優美ちゃんとばったり会ってね、ちゃんと聞いてみたのよ。そしたらね、週末になると呑むんだって……」
「呑むって、お酒のこと? 男が酒を呑むとどうして優美ちゃんがああなっちゃうの?」
「呑むと必ず酔っぱらって怖いんだって、だから男が眠るまで、ここで待ってるんだって言ってたわ。きっと男が酒で酔い潰れるのを、あそこでジッと待ってたのね。それに春とはいえ、夜はまだまだ冷え込むでしょ、なのにあの子すごい薄着なの。絶対に寒いだろうなって思うのに、優美ちゃんあそこを動こうとしないのよ……」
――ゆうちゃん、ここにいたいの……。
「それでだいたい10時くらいになると、非常階段から5階まで上がってくるの。わたし3日前の金曜日……夜8時頃だったかしら、カーディガンを持って一階に行ったのね、でも優美ちゃんはいなかったわ。その1時間くらい前までは、ちゃんといつものところに立ってたのに……」
「3日前って確か、あの子が殺されちゃった日じゃない!? どうして、いつもと同じ頃まで待ってなかったのかしら?」
――おじちゃんと、一緒に行きたい……。
「なんにしたって、酷い話よ……」
その言葉の後、2人の会話はまるで耳に入らなくなった。その代わり……、
――おじちゃんのところ、いいところ? 痛くないの?
あの夜のそんな言葉が、次々と脳裏に蘇ってくる。
――あの時、あの子はまだ生きていた?
瞬はアスファルトにしゃがみ込んだまま、聞こえてくる会話に耳を傾けていた。そしてたった今、2人から思いもしなかった真実を知らされる。
――じゃあ、俺が余計なことをしなければ……?
もし瞬と出会っていなければ、あの少女はあの夜死なずにすんだのかもしれない。
――ちょっと待て! だとすると……あの屋敷であったこともおんなじか?
思いもしなかったそんな気付きに、瞬は息ができないくらいに衝撃を受ける。続いてすぐ、おまえは悪魔か!? そんな矢島の声が頭の中で響き渡った。
「で何? それで男を殺しちゃったの?」
「そうよ。持っていたナイフでメッタ刺しだったって。それでそのまま踏切に飛び込んじゃって、自分もグジャグジャになっちゃったってわけね」
そう言ってしまってから、そんな自分の表現に思わず顔をしかめる。
「でも、可哀想なのは優美ちゃんの方よね……ホント、殺されて当然よ、あんなやつ……」
と続けて、いきなり神妙な顔付きに変わった。
そこは谷瀬香織のマンション前で、喪服姿の中年女性2人が数珠を片手に立っていた。1人は同じマンションの事情通で、早々に焼香を済ませて話し相手を探していたのだ。
そんなところに、マンションの斜向いに住むもう片方も喪服姿で現れる。ここぞとばかりに聞かされる話に、あっという間に興味津々、次々に事情通へと質問を浴びせかけていた。
「え? 奥さんご存知なの? 一緒に暮らしてたっていう男のこと……」
「ほんとここ数ヶ月なのよ、ここに住むようになったのって……まあ、それ以前も何回か見掛けたことはあるんだけどね。ほら、うちってエレベーターのすぐ傍だから、結構いろんなことが分かっちゃうの。とにかく、お母さんが住み込みで働くようになって、あの男ともしょっちゅう顔を会わせるようになったわけ……それからよ、優美ちゃんが夜、一階の階段のところに現れるようになったのは……」
「あ、それは主人から聞いたことがあるわ。あそこの明かりの下でドラえもんの漫画を読んでたって。それが凄く寒い日でね。主人に、何か持っていってやったらなんて言われたけど、うちは谷瀬さんところとまるでお付き合いないから、わたし、そのままにしちゃったのよ……」
「わたしも実はね、声を掛けたことあるの、どうしたのって……。でも、何も言わないのよ。もう夜遅いから、うちにいらっしゃいって言ってもね、ただ首を振るだけなの。だんだんね、わたし可哀想になってきちゃって……」
「でも、どうしてあんなところで? 男が追い出すのかしら?」
――おじさんが……いるの……。
「それが違うのよ。昼間エレベーター前で、学校帰りの優美ちゃんとばったり会ってね、ちゃんと聞いてみたのよ。そしたらね、週末になると呑むんだって……」
「呑むって、お酒のこと? 男が酒を呑むとどうして優美ちゃんがああなっちゃうの?」
「呑むと必ず酔っぱらって怖いんだって、だから男が眠るまで、ここで待ってるんだって言ってたわ。きっと男が酒で酔い潰れるのを、あそこでジッと待ってたのね。それに春とはいえ、夜はまだまだ冷え込むでしょ、なのにあの子すごい薄着なの。絶対に寒いだろうなって思うのに、優美ちゃんあそこを動こうとしないのよ……」
――ゆうちゃん、ここにいたいの……。
「それでだいたい10時くらいになると、非常階段から5階まで上がってくるの。わたし3日前の金曜日……夜8時頃だったかしら、カーディガンを持って一階に行ったのね、でも優美ちゃんはいなかったわ。その1時間くらい前までは、ちゃんといつものところに立ってたのに……」
「3日前って確か、あの子が殺されちゃった日じゃない!? どうして、いつもと同じ頃まで待ってなかったのかしら?」
――おじちゃんと、一緒に行きたい……。
「なんにしたって、酷い話よ……」
その言葉の後、2人の会話はまるで耳に入らなくなった。その代わり……、
――おじちゃんのところ、いいところ? 痛くないの?
あの夜のそんな言葉が、次々と脳裏に蘇ってくる。
――あの時、あの子はまだ生きていた?
瞬はアスファルトにしゃがみ込んだまま、聞こえてくる会話に耳を傾けていた。そしてたった今、2人から思いもしなかった真実を知らされる。
――じゃあ、俺が余計なことをしなければ……?
もし瞬と出会っていなければ、あの少女はあの夜死なずにすんだのかもしれない。
――ちょっと待て! だとすると……あの屋敷であったこともおんなじか?
思いもしなかったそんな気付きに、瞬は息ができないくらいに衝撃を受ける。続いてすぐ、おまえは悪魔か!? そんな矢島の声が頭の中で響き渡った。