第5章 現実 - 見知らぬ女(2)
文字数 1,177文字
見知らぬ女(2)
――俺は何を考えてるんだ! アホらしい!!
ついさっきまでマンションにいたと思っていたのに、実際は〝さっき〟なんてもんじゃない時間が経過していた。そしてまたしても、瞬はその間のことをまるで覚えていないのだ。
完全にお手上げだった。これまでのことは何から何まで勘違いで、すべてが勝手な空想ごとか?
――いやいやそうじゃない。
――ぜんぶそっくり、ただの夢だったんだよ……。
誰かにそう言って欲しかった。たとえ気休めでも、そんな言葉があれば今よりずっと安心できる。
しかしそんな声が掛けられる筈がなく、ただ代わりに、さっきと同じ声がまた耳に届いた。
「瞬……」
今度はこれまで以上にはっきりと聞こえて、瞬はそこでようやく辺りを見回す。
すると呆気ない程すぐ、見知らぬ女性が目に入った。距離にして5メートルくらい先から、彼を見つめるようにして立っている。
この人が呼んだのか? 一瞬だけそう思うが、
――どうせ、見えてなんかいやしない……。
空耳なんだと思い直して、彼は慌ててその女性から視線を外した。ところが女性の声は更に続く。
「覚えてないの?」
瞬へと確かにそう言って、明らかに彼からの返事を待っているのだ。
髪の長い女性だった。グレーのジャケットに白っぽいワイドパンツ姿で、キャリアウーマンが好みそうな黒い革の鞄を手に提げている。
瞬のことが見えているのか?
それとも女性も彼同様、不確かな存在だということか?
ただなんにせよ、彼はその女性をまるで知らない。だから何とも応えようもなくて、ただただジッと見つめ返した。
「忘れちゃった……の? 」
続いての声は微妙に震えて、その目も微かに揺らいで見えた。
そこでようやく、彼は何か声にしようと思うのだ。そしてすぐに、どなたでしたっけ? そんな言葉が思い浮かんだ。
するとその瞬間、女性の表情が一気に崩れる。今にも泣き出しそうに唇が震え、瞼で瞳が半分以上見えなくなった。
きっと30代中盤ってところか、20代とするには少々無理があり過ぎる。
ただどっちにしても、紛れもなく大人であろう女性が、
「忘れちゃったんだね、瞬……」
と、独り言のように呟いて、再び唇を真一文字に引き結んだ。
確かに、言われてみればどこかで会ったような気はするのだ。
それでも〝瞬〟と呼び捨てにされる程、親しかったとは思えない。ただその顔立ちは可愛らしく、きっと若い頃だったら好みのタイプだと言えたかも、と、そんなことをちょっとだけ思ってやっと、彼は最も気になる疑問を女性に向かって投げ掛ける。
「あなたには、この俺が見えてるんですね?」
この問い掛けに、女性の震えがピタッと止まった。表情は凍り付き、同時に悲しみの色も一気に消え去る。
「わかったの!?」
いきなりの大声だった。
――俺は何を考えてるんだ! アホらしい!!
ついさっきまでマンションにいたと思っていたのに、実際は〝さっき〟なんてもんじゃない時間が経過していた。そしてまたしても、瞬はその間のことをまるで覚えていないのだ。
完全にお手上げだった。これまでのことは何から何まで勘違いで、すべてが勝手な空想ごとか?
――いやいやそうじゃない。
――ぜんぶそっくり、ただの夢だったんだよ……。
誰かにそう言って欲しかった。たとえ気休めでも、そんな言葉があれば今よりずっと安心できる。
しかしそんな声が掛けられる筈がなく、ただ代わりに、さっきと同じ声がまた耳に届いた。
「瞬……」
今度はこれまで以上にはっきりと聞こえて、瞬はそこでようやく辺りを見回す。
すると呆気ない程すぐ、見知らぬ女性が目に入った。距離にして5メートルくらい先から、彼を見つめるようにして立っている。
この人が呼んだのか? 一瞬だけそう思うが、
――どうせ、見えてなんかいやしない……。
空耳なんだと思い直して、彼は慌ててその女性から視線を外した。ところが女性の声は更に続く。
「覚えてないの?」
瞬へと確かにそう言って、明らかに彼からの返事を待っているのだ。
髪の長い女性だった。グレーのジャケットに白っぽいワイドパンツ姿で、キャリアウーマンが好みそうな黒い革の鞄を手に提げている。
瞬のことが見えているのか?
それとも女性も彼同様、不確かな存在だということか?
ただなんにせよ、彼はその女性をまるで知らない。だから何とも応えようもなくて、ただただジッと見つめ返した。
「忘れちゃった……の? 」
続いての声は微妙に震えて、その目も微かに揺らいで見えた。
そこでようやく、彼は何か声にしようと思うのだ。そしてすぐに、どなたでしたっけ? そんな言葉が思い浮かんだ。
するとその瞬間、女性の表情が一気に崩れる。今にも泣き出しそうに唇が震え、瞼で瞳が半分以上見えなくなった。
きっと30代中盤ってところか、20代とするには少々無理があり過ぎる。
ただどっちにしても、紛れもなく大人であろう女性が、
「忘れちゃったんだね、瞬……」
と、独り言のように呟いて、再び唇を真一文字に引き結んだ。
確かに、言われてみればどこかで会ったような気はするのだ。
それでも〝瞬〟と呼び捨てにされる程、親しかったとは思えない。ただその顔立ちは可愛らしく、きっと若い頃だったら好みのタイプだと言えたかも、と、そんなことをちょっとだけ思ってやっと、彼は最も気になる疑問を女性に向かって投げ掛ける。
「あなたには、この俺が見えてるんですね?」
この問い掛けに、女性の震えがピタッと止まった。表情は凍り付き、同時に悲しみの色も一気に消え去る。
「わかったの!?」
いきなりの大声だった。