第5章  現実 –  苦悩(3)

文字数 824文字

                    苦悩(3)

「さて、北海道からいくか? それとも沖縄の方がいいかな……? 1年前の春ってことは、やっぱり、沖縄の方が可能性は高いか?」
「あなた、そんな闇雲に電話していくつもりなの? それじゃあ幾ら時間があったって足りないじゃない。未来、あなたが思う彼の行きそうな場所ってあるんでしょう? 例えばご両親の生まれ故郷とか、彼が昔から行きたがっていたところを知っているとか、何でもいいから、何かヒントになりそうなことを教えて頂戴……」
 そんな問い掛けに、未来は彼の母親が亡くなったばかりだったことを思い浮かべ、
「彼のお父さんに、お母さんの実家が島根県の出雲市だったって聞いて、わたし去年探しに行ったけど……」
 とだけポツリと返す。そしてその一言が決め手となって、島根県の市、〝ア行〟から電話していくことになった。ところがその時既に夕方で、3つ目に掛けた病院はさっさと留守電に切り替わってしまっている。
「いいわ、この続きは明日にしましょう。未来はどうせ昼過ぎまで寝ているんでしょう? 大きな病院って朝早いから、明日はわたしが9時頃から始めてるわ。あなたも午後からちゃんと手伝うのよ……さあ、わたしはこれから夕飯の支度しなくちゃ……」
 優子が1人立ち上がり、明るい声でそう言った。そんな宣言通りに、彼女は翌朝9時ぴったりに一本目の電話を掛け始める。そして〝ア行〟が終わり、〝イ行〟の出雲市に入ってやはり3つ目の病院だった。何度か電話の相手が替わって、優子はそこで驚きの情報を耳にするのだ。

 ――性別は男。20代中盤くらいで中肉中背、身1つで海岸に打ち上げられているところを発見され、救急車で運び込まれた時には意識レベルはゼロ。そして同じ状態がかれこれ1年近く続いている、そんな身元不明の患者が1人、その病院には入院していた。
「それが僕……だったんだね……」
 その瞬の声は、これまで耳にしたどんな声よりも悲しそうに響いた。
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