第3章  異次元の時   -   矢島英二(2)

文字数 1,661文字

                矢島英二(2) 

 矢島英二55歳。
 一代で築き上げた不動産会社は、今や業界1、2を争うくらいにまで成長している。子供はなく、東京の外れにある大邸宅に妻と2人で暮らしていた。
 元々は地方の出身で、中学を卒業してすぐに上京。渋谷にあった小さな不動産会社に就職するのだが、たった半年でそこが倒産。それから職を転々としながら金を貯め、24歳で小さいながらも自分の会社を立ち上げる。
 表向きは不動産仲介業としていたが、実際は契約物件など無いに等しく、いつ潰れてもおかしくない状態だった。
 ところがそんな会社にも、設立から3年後に転機が訪れる。ある男との出会いによって、見る見る本業が上手くいき始めるのだ。
 その男とはその頃、夜の街でそこそこ有名な占い師。そしてとにかくこの男の言うことが、何から何まで良く当たった。それから20年、矢島の会社は成長を続け、男との関係も変わらず続いていたのだった。
 ところが今から7年前、48歳になっていた矢島に、思いもよらない縁談が持ち上がる。
 若い頃から仕事一筋で、30歳には禿げ上がっていた矢島は、40歳を過ぎた頃には結婚への夢を捨て去っていた。
 ただ金だけはあったのだ。
 金目当てであろう素人と付き合って変な気を使うより、玄人の方が面倒がなくて余っ程いい。そう思っていた矢島が、一気に心変わりしてしまうような出会いがある日突然訪れる。
 20歳以上も若くて、テレビで目にするような可愛らしい女が、矢島と結婚してもいいと言い出したのだ。勿論水商売の女などではなく、家筋もしっかりとした会社勤めの女がだ。
 当然矢島は有頂天になって、いつものように占い師のところへ報告に行くのだが……、
「止めておくことだな……どうせ、碌なことにはならん……」
 占い師はそう言って、災いを引き寄せるだけと切り捨てる。
 いつもなら、彼の言うことは絶対なのだ。そうしてきたお陰で、今の矢島があるといっても過言ではない。ところが20年以上、公私に亘って従ってきた矢島が、この件では首を縦に振らなかった。理由を一切言わず、〝碌なことにならんから〟だけでは、この結婚は矢島にとってあまりに魅力的過ぎた。
 結果的にこの一件以来、強固に見えていた2人の信頼関係が揺らぎ始め……、
「女には、せいぜい注意することだな……」
 そんな言葉を最後に、占い師は突然どこかへと消え去ってしまう。急に連絡が取れなくなって、当初矢島はその行方を探し出そうとしたのだった。しかし消え去った信頼の穴は大きく、1週間もすると見つけ出すことを諦めてしまった。
 そうして矢島は予定通り半年後に結婚。事業もほぼほぼ順調で、結婚後の1年程は最高に幸せな時間となった。
 ところが2年目が半年ぐらい過ぎ去った頃、矢島を不幸がこれでもかと襲う。
 社用車が会社に到着し、彼が車から降り立った途端だった。
 フッと立ち眩みがして、次の瞬間目の前が真っ暗になる。気が付けば、彼は病院のベッドにいて、高血圧からくる失神だったと聞かされるのだ。
 ところがその入院中の検査で、新たな病気が次々と見つかった。
 長年の不摂生が祟って、糖尿病に加えて高尿酸血症を併発。血液検査によるそれ以外の数値もことごとく問題で、担当医に命の危険さえあると告げられる。
 ――このまま心不全を放っておけば、いずれ近いうちにこの世とはおさらばだ……。
 彼もそんな恐怖に、退院後暫くは医師の言い付けを守ろうとする。
 しかしながらその後も、矢島への苦難は更に続いた。
 ウオーキング中に転んで足首を挫き、駆け付けた病院では札束の入った財布を盗まれる。
 それからも、松葉杖で出かけたレストランで、誤ってフォークを噛んで前歯を折ってしまうなど、細やかなる不幸が彼を襲う。
 極め付きは、交通事故による2度目の入院だ。運転中急にブレーキが利かなくなり、彼はカーブを曲り切れずにガードレールに突っ込んでしまう。
 結果、3ヶ月の入院。加えて退院後も続く過酷なリハビリが、彼には更なる苦難となった。
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