第8章 終焉 -  終わり 

文字数 1,238文字

 終わり 



 さすがに、夕陽が差し込むような時刻となって、座っている人もかなり疎らとなっている。優子はそんな総合待ち合いにではなく、更に奥まったところにある小さな休憩所にいた。4人は座れる長椅子に腰掛け、未来はさっきからずっと寝息を立てて眠っている。
 最初は、このままタクシーに乗ってしまおうとも思ったのだ。ところが喉が渇いたと未来が言い出し、優子は仕方なく自動販売機のあるここに腰を下ろした。すると手渡したペットボトルを口に運ぼうともせずに、未来はあっという間に寝息を立て始める。そうなると、すぐに起こすのものも憚れて、優子は1人物思いに耽っていた。
 元々、何か起きるだなんて微塵も思っていなかった。きっと長年の心労で、彼の父親は少しおかしくなっている。そんな程度に思っていたのだ。そもそも真面目な顔して言うことじゃない。この何年間、ずっと未来と一緒だった――なんてこと、信じる方も信じる方だし、そもそも目が覚めただなんて勘違いに決まっている。きっと未来も同様で、これを機会にきちんと休養を取らせないといけない。
 ――そうよ、一緒に海外旅行にでも行ってくればいいんだわ。
 家に帰ったら、早速パスポートを確認しよう! そんなことまでを考えて、優子は未来の顔をマジマジと見つめた。久しぶりに近くから眺める娘の顔は、ノーメイクのせいか思いの外幼く見えた。しかしもう43歳。そんな歳になるというのに、疲れ切ったその顔にはファンデーションどころか口紅さえ引かれていない。あの男と出会ってさえいなければ、今頃はきっと……そう考えた途端だった。
 ふと景子の顔が思い浮かぶ。  
「まったく……」
 思わずそんな声が出て、
 ――どうしてあの子の周りには、変な人ばっかりが集ってくるの……?
 昨日景子と交わした会話を思い出し、優子は心に強くそんなことを思う。
「でも彼なら……そんなことだってあるのかもしれません……」
 肉体から抜け出すだなんて、本当に馬鹿げた話でしょ? そう言って笑った優子へと、景子はまさに真剣な声でそんな答えを口にした。
「亡くなった母が、わたしにずっと取り憑いてたんです。フッと気が付くと、知らぬ間に自分じゃなくなるってことがしょっちゅうあって……そんな時、自分で自分の脚にナイフを突き立てちゃったり、とにかく変なことばかり起きてました。そんなわたしを、瞬くんが救ってくれたんです。もし彼と大学で一緒になっていなかったら、きっと、今あるわたしの幸せはなかったと思います。だからわたし、2人には絶対幸せになって欲しい。瞬くんの為だったら、わたしは何でもしますし、どこへだって参りますから……」
 景子に取り憑いていた母親の霊を、瞬が取り払ってくれたのだと景子は言った。
 ――何が〝取り憑いてた〟よ! それは単にあなたが、精神病に取り憑かれてたってだけでしょ! だいたいそこまで言うなら、あなたがあいつと付き合えば良かったじゃない!
「バカバカしい! もうこんなところたくさんだわ!」 
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