第3章 異次元の時 -  悪魔(3)

文字数 1,108文字

                  悪魔(3)


 本当に、こんな近くにしゃしゃり出るつもりなど毛頭なかった。
 部屋の隅でじっと息を凝らして、事の成り行きを見届ける。いつもだいたいそうしていれば、どうしてこうなったのかを知ることができた。
 ところが気付けば写真があって、瞬は思わず立ち上がってしまった。
 一目見て、そこに写っているものが分かったのだ。ヒラヒラと舞う写真の中で、紛れもなく見覚えのある顔が揺れている。 
 ――どうして……ゆうちゃん……?
 あの少女が上半身アップで笑っていた。肩口から真っ赤なランドセルを覗かせて、あの時と同じ可愛らしい目をした少女がそこにいた。そしてすぐ、ゆうちゃんの言っていた〝おじさん〟のことが思い浮かぶ。
 ――この女性が、あの子の母親なら……?
 〝おじさん〟とは、この大男のことじゃないのか? ふとそんなことを思い付くが、それならば彼はまだ、ちゃんと生きていなければならなくなる。
 あの夜、地縛霊となって現れた少女の指差す先で、アパートの部屋の明かりは間違いなく点いていた。だから普通に考えれば、男はあの時はまだ生きていたことになる。
 ――あの子をあんなふうにした奴は、間違いなく他にいる。
 そんな確信と共に、ゆうちゃんの変わり果てた姿までが思い出された。焦げ付くような怒りが込み上げ、瞬は思わず母親であろう女を睨み付ける。
 ――こんなところで、あんたはいったい何やってるんだ!
 もう少しで、彼はそう叫んでしまいそうだった。ところがそうなる前に、男が瞬の顔を見上げて、口をパクパクさせたのだ。
 ――おまえは、おまえは何だ……?
 きっとそれまでも、独り言のように呟いてはいたのだろう。
 ――おまえは、おまえはどうしてそこにいる……?
 そうしてようやく、そんな言葉が声となった。
 
「おまえは何だ! いったいどうして! おまえはそんなところにいるんだ!?」
 これまで瞬は、こんなふうに怒鳴られたことなど一度もない。
「そこで何をしている! おまえは悪魔か!? 俺に取り憑いているのはおまえなのか!?」
 ――悪魔ってのはな、ゆうちゃんを……あんな姿にした奴のことを言うんだよ。
 そんな思念と同時に、ゆうちゃんが最後に見せた笑顔が思い浮かんだ。片側半分の惨たらしさをものともせずに、それは本当に可愛らしく瞬には見えた。床にある写真に目をやり、彼は今一度そんなことを実感する。
 いつの間にか、床にゆうちゃんの写真が落ちていた。
 何の疑問も抱かずに、瞬が床にある写真に目をやっている。そしてふと、写真に赤い汚れがあるのに気が付いた。それは丸く小さい、どこからか飛び散った飛沫のようにも見えるのだった。
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