第5章 探求 - 岡山、そして松江(4)
文字数 1,642文字
岡山、そして松江(4)
「しかしまあ大変だわな。いつもあげして、2人で人助けをしちょーかね?」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
しかし次の瞬間、未来にもその言葉の意味がハッと理解できる。
バックミラー越しにそう言った後、運転手が深々と頭を垂れて、更に合掌して見せたのだ。
未来はその後、何も返せぬままタクシーを降りる。そして先に降りていた瞬へと近付いて、彼から更なる事実を知らされた。
「あの人の名前、三崎さんって書いてあったよ。さっきの彼女も美咲だったろ? まあこっちの方は単なる偶然だろうけどね。ただあの運転手さん、出身が島根じゃないかって思うんだ。しゃべった時の感じがね、死んだお袋の訛ったときとそっくりでさ……」
と、未来へと告げて、瞬はほんの少しだけ押し黙る。そして2人のいるタクシーの乗降場から、少し離れた空間を無言のまま指差した。その辺りに人は誰もおらず、未来は瞬の意図を悟って指差された方へと歩いていった。立ち止まって振り返ると、やはりすぐ目の前に瞬がいた。彼は更に真剣な面持ちで、さっきの続きを語り出すのだ。
「それにね、彼、僕のことが見えてたんだよ。タクシーの中で未来が寝こけてる時、僕の方を何度も見てさ、ミラー越しにだけど、目を瞑って頷いたり、ニヤッと笑ったりするんだ。僕が1人で退屈だろうって、まるでそう言ってるみたいだったよ。だから一瞬、こんにちはって言ってやろうかと思ったんだ。だけど逆にまたこんにちはって返されてもさ、困るだろ? だから、止めといた……」
冗談っぽい言い回しだったが、彼の目は笑っていなかった。
きっと瞬は咄嗟に、あの矢島英二やゆうちゃんのことを考えたのかもしれない。
生きている人間に自分が見える。となれば関わってはいけないと、そんなふうに思ったんだろうと未来は思った。
そして更にだ。いつもああして、2人で人助けをしているのか? と運転手は聞いたのだ。
きっと見えていただけじゃない。瞬の声が聞こえていなければ、こんな言い方をしてくる筈がなかった。神門美咲という少女のこともちゃんと知って、いざという時を考えての行動だったのだ。そう考えれば辻褄が合うし、運転手が最後に見せた合掌だって理解できた。
「若い頃死に別れた恋人に、未だにずっと付きまとわれている、あの運転手さんにはきっと、そんなふうに見えたんだろうね。でもあれか、実際間違いって訳でもないのか? 未来にとってみれば、本当にそんな感じなんだろうしね……」
そう呟いた後暫く、瞬は何も話そうとはしなかった。未来の方も、別に付きまとわれている訳じゃない――なんて言葉がすぐに浮かぶが、敢えて声にはしないでおいた。
それから2人は、目的地であった出雲市まで向かうのを諦めて、予約したホテルのある松江駅でやくもを降りる。クタクタだった未来はホテルに到着するなり、サッとシャワーだけ浴びて、早々に眠りに付いてしまうのだった。
松江駅から比較的近く、松江市と出雲市に跨がる宍道湖を一望できる。
そんな売り文句で決めたホテルは、値段の割に実に快適だった。
朝食バイキングにはシジミの味噌汁からあご野焼き、板わかめまで並んでいて、島根にいるんだということを十二分に感じさせてくれる。味もきっとまあまあで、本当なら宍道湖を眺めながらの楽しい時間になる筈だった。
当然、瞬は食べることなどできやしない。
しかしそんな空間に未来といることを、彼は決して嫌がってなどいなかったのだ。ところが未来は、ひとりぼっちでそこにいた。昨夜夕食抜きだったのに、まるで食べたいという欲求が湧いてこない。さっきからシジミの味噌汁ばかり啜っていて、こんなことならバイキングにしなければよかったと、
「どうせならバイキングにしたら? どうせこのまま寝ちゃうんでしょ? だったら絶対朝になったらお腹が空くって……」
昨夜ホテルのカウンターでそう言った瞬のことが、未来はますます腹立たしく思えた。
「しかしまあ大変だわな。いつもあげして、2人で人助けをしちょーかね?」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
しかし次の瞬間、未来にもその言葉の意味がハッと理解できる。
バックミラー越しにそう言った後、運転手が深々と頭を垂れて、更に合掌して見せたのだ。
未来はその後、何も返せぬままタクシーを降りる。そして先に降りていた瞬へと近付いて、彼から更なる事実を知らされた。
「あの人の名前、三崎さんって書いてあったよ。さっきの彼女も美咲だったろ? まあこっちの方は単なる偶然だろうけどね。ただあの運転手さん、出身が島根じゃないかって思うんだ。しゃべった時の感じがね、死んだお袋の訛ったときとそっくりでさ……」
と、未来へと告げて、瞬はほんの少しだけ押し黙る。そして2人のいるタクシーの乗降場から、少し離れた空間を無言のまま指差した。その辺りに人は誰もおらず、未来は瞬の意図を悟って指差された方へと歩いていった。立ち止まって振り返ると、やはりすぐ目の前に瞬がいた。彼は更に真剣な面持ちで、さっきの続きを語り出すのだ。
「それにね、彼、僕のことが見えてたんだよ。タクシーの中で未来が寝こけてる時、僕の方を何度も見てさ、ミラー越しにだけど、目を瞑って頷いたり、ニヤッと笑ったりするんだ。僕が1人で退屈だろうって、まるでそう言ってるみたいだったよ。だから一瞬、こんにちはって言ってやろうかと思ったんだ。だけど逆にまたこんにちはって返されてもさ、困るだろ? だから、止めといた……」
冗談っぽい言い回しだったが、彼の目は笑っていなかった。
きっと瞬は咄嗟に、あの矢島英二やゆうちゃんのことを考えたのかもしれない。
生きている人間に自分が見える。となれば関わってはいけないと、そんなふうに思ったんだろうと未来は思った。
そして更にだ。いつもああして、2人で人助けをしているのか? と運転手は聞いたのだ。
きっと見えていただけじゃない。瞬の声が聞こえていなければ、こんな言い方をしてくる筈がなかった。神門美咲という少女のこともちゃんと知って、いざという時を考えての行動だったのだ。そう考えれば辻褄が合うし、運転手が最後に見せた合掌だって理解できた。
「若い頃死に別れた恋人に、未だにずっと付きまとわれている、あの運転手さんにはきっと、そんなふうに見えたんだろうね。でもあれか、実際間違いって訳でもないのか? 未来にとってみれば、本当にそんな感じなんだろうしね……」
そう呟いた後暫く、瞬は何も話そうとはしなかった。未来の方も、別に付きまとわれている訳じゃない――なんて言葉がすぐに浮かぶが、敢えて声にはしないでおいた。
それから2人は、目的地であった出雲市まで向かうのを諦めて、予約したホテルのある松江駅でやくもを降りる。クタクタだった未来はホテルに到着するなり、サッとシャワーだけ浴びて、早々に眠りに付いてしまうのだった。
松江駅から比較的近く、松江市と出雲市に跨がる宍道湖を一望できる。
そんな売り文句で決めたホテルは、値段の割に実に快適だった。
朝食バイキングにはシジミの味噌汁からあご野焼き、板わかめまで並んでいて、島根にいるんだということを十二分に感じさせてくれる。味もきっとまあまあで、本当なら宍道湖を眺めながらの楽しい時間になる筈だった。
当然、瞬は食べることなどできやしない。
しかしそんな空間に未来といることを、彼は決して嫌がってなどいなかったのだ。ところが未来は、ひとりぼっちでそこにいた。昨夜夕食抜きだったのに、まるで食べたいという欲求が湧いてこない。さっきからシジミの味噌汁ばかり啜っていて、こんなことならバイキングにしなければよかったと、
「どうせならバイキングにしたら? どうせこのまま寝ちゃうんでしょ? だったら絶対朝になったらお腹が空くって……」
昨夜ホテルのカウンターでそう言った瞬のことが、未来はますます腹立たしく思えた。