第6章 混沌 -  更なる過去

文字数 1,214文字

 更なる過去

 
 20年ぶりに訪れた割には、そこはそれ程の時間経過を感じさせなかった。逆に、建築中だった建物が今はすべて出来上がっていて、そこからの景観を以前より重厚なものにしている。彼の視線の先には広大な土地が切り開かれ、幾つもの荘厳な建築物が並び連なっているのだ。
 彼が今立っているのは、敷地のほぼ中心にある建物の最上階で、そこから眼下に広がる景色に目を向けながら、ちょっと前に目にした光景を思い返していた。それは彼にとって信じ難い出来事で、そんなことが起きるなどと微塵も思っていなかった。
 アルツハイマー型認知症――脳の検査を受けさせないので断定はできないが、症状からすればきっとそうだと、いきなり告げられたのが一時間くらい前だった。
「あいつがか? そりゃあ何かの間違いだろう。昨日の晩ちょこっと話したが、20年前となんにも変わっちゃいなかったぜ。あんたホントに、ちゃんとした医者なんだろうな?」
 そう言って、京も最初は笑っていたのだ。ところが話を聞いていくうちに、もしかしたら? と思うようになる。
「まあわたしは教団の方に雇われている身ですから、ご子息が信用するしないはどうだっていいです。ただね、このまま放っておくのはかなり危険と思いますよ。誰かがしっかり付いていないと、何をしでかすか分からないって時がありますから……ま、わたしが実際にそんな場に居合わせたのは、たった二回だけなんですけどね……」
 一見、棺桶に片足を突っ込んだように見えるこの老人も、医師免許を持つれっきとした医者らしい。京はまるで知らなかった。教団が豊子の身体――というか脳みその方?――を心配し、去年の年末から医者を屋敷に住まわせていたのだ。彼は今年になって4人目となる住み込み医で、前の3人は3人とも、そう長くは続かなかったということだった。
「2人目までは、一週間と持たなかったそうでね。それでも2人目の方は、今でもまだ開業医をやれてるからいいですよ。だけど最初の方はね、結構有名な医者だったのに、今ではどこかの施設に入っていて、1人じゃ小便も満足にできないって話ですよ……」
 そこで彼はニヤッと笑って、人差し指で自分の頭を二、三度小突いた。
「それで慌てて探し出した3人目ってのが、かなりいい加減なやつだったらしくてね、昼間っから酒搔っ食らってろくに仕事もしやしない。だけどここはとにかく金がいいから、そいつも半年近くは頑張ったようです。でもね、ちょうどひと月くらい前、突然ここからいなくなっちゃって、まあどうせ耐え切れなくなって、さっさと逃げ出したんだろうくらいに思っていたわけですよね。ところがね、わたしがやってきて三日目だったかな? かわいそうに死体でね、いきなり発見されたんですわ……」
 気が触れたようになって出て行くのを、使用人何人かが偶然目にしていたらしい。そして滅多に人が立ち入らない山の中腹で、首を括って死んでいるのが発見された。
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