第5章 探求 - 岡山、そして松江
文字数 1,493文字
岡山、そして松江
「〝振り子列車〟って言うらしいんだ。コーナーで車体を内側に傾けて走るせいで、最初の頃はかなり揺れたって聞いたことはあったんだけどね、でも、おかしいなあ……その辺はかなり改良されたって聞いた記憶があるんだ。あれ、違ったのかなあ……?」
瞬が独り言のようにそう言って、未来の方にチラッとだけ顔を向けた。
もう暫くの間未来は言葉を発していない。通路側にいた彼女は、途中瞬と入れ替わり窓際に移った。それから憂鬱そうな表情を見せ続けている。
岡山からやくもに乗り込んですぐ、まだ倉敷にも到着していない頃のこと、未来が瞬の耳元に顔を寄せ、そこそこ大きな声を出したのだ。
「ねえ瞬、この凄い揺れって、このままずっと続くの?」
一瞬キョトンとした顔をして、瞬はそのままスクッと立ち上がった。
激しく揺れている車内に立って、瞬自身はまるで揺れていないのだ。乗客は2人だけというガランとした車両を、彼は何かを探すようにゆっくりと見回している。だが結局は何も見つからない。まさしくそんな印象のまま、彼は再び腰を下ろして言ったのだった。
「そんなに揺れてるんだ。ゴメン、全然気付かなかったよ……」
そう言って返した途端に、瞬は未来と一緒になって揺れ始めた。
「こんなに揺れるなんて、わたし聞いてないよ……ダメ、わたし気持ち悪い……」
それがその日車内で、未来の発した最後の言葉だ。それから度々襲いくるジェットコースターばりの揺れに、彼女は必死になって耐え続けた。確かにやくもの揺れは凄まじいのだ。それでも普段の未来であれば、ここまで酔わずに済んだ筈だ。この時彼女は疲れ切って、疲労困憊でヘトヘトだったが、妙に興奮していて眠ることもできやしない。
「岡山で降りるよ、未来……」
すべてはそんな声が始まりだった。未来は瞬が消え去ってからずっと、新幹線から外の景色に目を向けていた。そのせいで男が隣に座ったことさえ気付かない。声に驚いて振り返れば、さっきの男がすぐ傍にいて、やはり脂ぎった顔を覗かせている。
――どうして、わたしの名前を知ってるのよ!
そう思った途端、ふと男が声にしていた言葉が蘇る。彼氏と楽しいご旅行を……。 男は未来に詫びた後、確かにこう言ってから離れていった。
「瞬……なの?」
似ても似つかぬ顔を見つめて、半信半疑でそう声にする。しかし男は何も返さず、ぎこちない笑顔を見せてそのまま席に戻ってしまった。
なんなのよ!? そうは思うが、自ら確かめにいく勇気などない。結局そんな問い掛けから10分後、未来は男と一緒に岡山駅に降り立った。そして新幹線のドアが閉まった途端、待ち望んだ姿がすぐ目の前に現れる。サラリーマンの男と並び立つようにして、彼はフッとその姿を見せたのだった。
――やっぱり、瞬だったんだ……。
そんな安堵感と一緒に、「どうして黙ってたの?」と、そんな言葉が喉元まで迫り上がった。
だが目の前にはあの男が背中を見せていて、きっと瞬が抜け出てしまったからだ。不安そうに辺りをキョロキョロと見回している。頬の赤みは完全に消え失せ、周りに向ける顔は逆に真っ青に見える。そんな弱々しい姿に触れて、不意に男のムカつく態度が思い出された。
その時、未来の反応はあまりに素早い。ササッと男に近付き、耳元に向け囁くように言ったのだ。
「なんだったら、何が起きたか説明して上げるわよ……」
話し相手くらいなってやるよ――男の言った言葉が脳裏に浮かんで、未来は敢えてそんな言葉を声にする。すると男はビクッと身体を震わせ、振り向き様に驚愕の表情を未来へと向けた。
「〝振り子列車〟って言うらしいんだ。コーナーで車体を内側に傾けて走るせいで、最初の頃はかなり揺れたって聞いたことはあったんだけどね、でも、おかしいなあ……その辺はかなり改良されたって聞いた記憶があるんだ。あれ、違ったのかなあ……?」
瞬が独り言のようにそう言って、未来の方にチラッとだけ顔を向けた。
もう暫くの間未来は言葉を発していない。通路側にいた彼女は、途中瞬と入れ替わり窓際に移った。それから憂鬱そうな表情を見せ続けている。
岡山からやくもに乗り込んですぐ、まだ倉敷にも到着していない頃のこと、未来が瞬の耳元に顔を寄せ、そこそこ大きな声を出したのだ。
「ねえ瞬、この凄い揺れって、このままずっと続くの?」
一瞬キョトンとした顔をして、瞬はそのままスクッと立ち上がった。
激しく揺れている車内に立って、瞬自身はまるで揺れていないのだ。乗客は2人だけというガランとした車両を、彼は何かを探すようにゆっくりと見回している。だが結局は何も見つからない。まさしくそんな印象のまま、彼は再び腰を下ろして言ったのだった。
「そんなに揺れてるんだ。ゴメン、全然気付かなかったよ……」
そう言って返した途端に、瞬は未来と一緒になって揺れ始めた。
「こんなに揺れるなんて、わたし聞いてないよ……ダメ、わたし気持ち悪い……」
それがその日車内で、未来の発した最後の言葉だ。それから度々襲いくるジェットコースターばりの揺れに、彼女は必死になって耐え続けた。確かにやくもの揺れは凄まじいのだ。それでも普段の未来であれば、ここまで酔わずに済んだ筈だ。この時彼女は疲れ切って、疲労困憊でヘトヘトだったが、妙に興奮していて眠ることもできやしない。
「岡山で降りるよ、未来……」
すべてはそんな声が始まりだった。未来は瞬が消え去ってからずっと、新幹線から外の景色に目を向けていた。そのせいで男が隣に座ったことさえ気付かない。声に驚いて振り返れば、さっきの男がすぐ傍にいて、やはり脂ぎった顔を覗かせている。
――どうして、わたしの名前を知ってるのよ!
そう思った途端、ふと男が声にしていた言葉が蘇る。彼氏と楽しいご旅行を……。 男は未来に詫びた後、確かにこう言ってから離れていった。
「瞬……なの?」
似ても似つかぬ顔を見つめて、半信半疑でそう声にする。しかし男は何も返さず、ぎこちない笑顔を見せてそのまま席に戻ってしまった。
なんなのよ!? そうは思うが、自ら確かめにいく勇気などない。結局そんな問い掛けから10分後、未来は男と一緒に岡山駅に降り立った。そして新幹線のドアが閉まった途端、待ち望んだ姿がすぐ目の前に現れる。サラリーマンの男と並び立つようにして、彼はフッとその姿を見せたのだった。
――やっぱり、瞬だったんだ……。
そんな安堵感と一緒に、「どうして黙ってたの?」と、そんな言葉が喉元まで迫り上がった。
だが目の前にはあの男が背中を見せていて、きっと瞬が抜け出てしまったからだ。不安そうに辺りをキョロキョロと見回している。頬の赤みは完全に消え失せ、周りに向ける顔は逆に真っ青に見える。そんな弱々しい姿に触れて、不意に男のムカつく態度が思い出された。
その時、未来の反応はあまりに素早い。ササッと男に近付き、耳元に向け囁くように言ったのだ。
「なんだったら、何が起きたか説明して上げるわよ……」
話し相手くらいなってやるよ――男の言った言葉が脳裏に浮かんで、未来は敢えてそんな言葉を声にする。すると男はビクッと身体を震わせ、振り向き様に驚愕の表情を未来へと向けた。