第8章 終焉 -  病院へ(4)

文字数 912文字

 病院へ(4)
 


 ――瞬……?
 未来は再び立ち上がり、今度は声にしてみるのだ。
「瞬? 瞬なの……?」
「み、き……」
「瞬! 瞬なのね!!」
「みき……ありが、と……」
 それは確かに瞬の声。
「ちょっと待って! ありがとうって何よ!」
 頭の中奥の方で、未来は紛れもなく彼の声を微かに聞いた。
「ねえ! 瞬! どこよ! どこにいるの!?」
 それから未来は必死になって問い掛けるのだ。しかし幾ら声にして叫んでも、彼からの返事は返ってこない。それでも部屋の隅々に目を向けて、薄くなってしまった彼がいないかと呼び続けた。やがて声は震え出し、嗚咽混じりのものへとなる。そしてその時、振り絞るようなその声を、様々な思いと共に耳にしている者たちがいた。瞬の病室から4つ離れた空き室で、思わず声にしたのは他でもない未来の父親……。
「もういいでしょう! もう充分でしょう!」
 我慢も限界といった声で、慎二がそう言って立ち上がった。
「そうですよ、もういいですよね!」
 優子も続いて椅子から立って、2人は不安げな視線をその周りに向ける。
 そこには、あと4人の男女が座っていた。その中の1人は瞬の父親である淳一で、未来の両親の切羽詰まったその声に、残りの3人の視線も一斉に淳一へと向けられる。しかし当の彼は両手を膝の上に置き、顔を下に向けて無反応のままなのだ。
「いい、ですか?」
 再びの慎二の声は明らかに、淳一にのみ向けられていた。賛同らしき反応が誰からもまるでなく、この集まりを主導した本人へ、それは許可を求める声だったのだ。しかし淳一は答えない。身動き一つせずに、耐えるように口を真一文字に結んでいる。すると慎二はそれを容認と取ったのか? 優子と視線を合わせて軽く頷き、ソッと扉の方に向かって歩き出した。更に優子も、その後に続こうと軽いお辞儀をして見せる。その時、静かだが、力の籠もった声が響き渡った。
「いいですか?」
 顔を下に向けたまま、それは絞り出すような淳一の声。その印象は明らかに、許可を求める響きではない。そんな声色ではまるでなく、
 ――ちゃんと聞いて、しっかり理解して欲しい。
 そう言いたいんだとすぐに分かる、まさに有無を言わさぬ力があった。
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