第8章 終焉 -  終わり(2)

文字数 1,202文字

 終わり(2)
 


 思わず心の声が口から飛び出し、気付いた優子も慌てて辺りを見回した。幸い近くには誰もおらず、ホッと胸を撫で下ろした時、
「もうちょっと、ここで休んでいたい……」
 きっと優子の声が聞こえて、言葉の意味そのままを返したのだろう。未来は優子の肩先から頭を離し、まさに眠そうな声を出してきた。
「そうよ、ちゃんと休まなきゃダメよ。今、病院の前にタクシーがいるかどうか見てくるから、ちょっとここで待ってなさい」
「ううん、ここでいい。ここで、もうちょっと休めれば……」
「何言ってるのよ。まだこんな所にいるって、あなたはこれ以上ここにいて、いったい何をしようと言うの? とにかく、一旦帰りましょう……いいわね……」
 優子はそう言って、未来の返事を待たずに立ち上がった。そして足を一歩踏み出すと同時に、少しだけ大きくなった未来の声が聞こえてくる。
「わたし、まだ帰らないから……」
 ――帰らないって? 何言ってるの? もういい加減にしてよ……。
「ここでもう少し座ってれば大丈夫、それに、夜にはそっちに顔出すから……」
 ――だから何? あなたはまだこんなところにいたいって言うの!?
「冗談じゃないわよ! 何が大丈夫なのよ! 何から何まで大丈夫じゃないわ!!」
 心の声が、思わず口を衝いて出た。
「何よこれ! あなたは幾つよ!」
 両掌で未来の顔を包み込み、
「もう23じゃないのよ! あなたは43歳なんだから!」
 ずっと心にあった思いが、どうしようもなく溢れ出した。
「もういい加減にして頂戴! 瞬、瞬、瞬、瞬って、あんな生きてるか死んでるか分からないような人のこと、いつまで気にしてるつもりなの!? もう馬鹿なことは止めて頂戴よ! お願いだから! この通りよ! 」
 そこまで言って、優子は両手を未来から離し、己の顔の前に持っていった。ピタッと掌を合わせて、そこで視界の隅っこに知った姿を発見する。優子の斜め前、少し離れたところに慎二がいたのだ。いったいいつから? そう思った瞬間、溢れんばかりだった未来への苛立ちが、すうっと潮が引くように小さくなる。それでも、優子は未来の顔から視線を外さず、
「とにかく、もういい加減に忘れなさい……」
 そう続けてからやっと、合わせた両手を降ろすのだった。その間に慎二はすぐ傍まで近付いて、それでも何も言わずにただ立っている。どうせ、うるさい女だって思ってるんでしょ! そんなことを言いそうになるのをグッと堪え、
「さあ、未来を連れてタクシーで帰りましょう。わたし、もうクタクタだわ……」
 と、優子は大袈裟に首を左右に振った。ところがそんな優子に、慎二が返した言葉はあまりに力ない。吐く息と混ざりあい、まるで溜め息のように響き聞こえる。
「優子……もう無理なんだ……」
 無理って何よ? 当然、優子はすぐにそんな顔になる。そして何かを言い掛けるが、続いた慎二の言葉がほんのちょっぴり早かった。
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