第5章 探求 - 新幹線(4)
文字数 1,469文字
新幹線(4)
未来はその日、敢えて3人席ではなく、2人席の指定券を並びで2枚買っていた。
そして自分は通路側に陣取り、窓側の瞬とは通路に背を向け話すようにする。後は声のトーンに気を付けていれば、変に思われることはないだろうと思ったのだ。
ところがだった。ちょうど列車がトンネルに差し掛かかり、暗くなった窓の中に車内の様子が写り込んだ。その時ふと、男の顔に意識がいった。瞬の顔の奥にある窓に、未来のことをジッと見つめる一つの顔を見つけたのだ。
禿げ上がった頭に脂ぎって見えるその顔は、紛れもなくさっき頭を下げたサラリーマン。中高年にありがちな欠点を、一手に引き受けている小太りの男だ。そして向こうも未来の反応に気付いたのだろう。そのまま固まっている彼女に、勢い良く立ち上がる男の姿が目に入った。
未来は最初、視線が合ってしまったことに気が付いた男が、気まずさから立ち上がったのだと思う。ところがさすがにそこは中年だった。彼は未来の視線から逃げようとするどころか、あっという間に通路を横切り未来の背後に立ったのだ。そこでようやく瞬も気付いて、その目が未来と男の顔を行ったり来たり……そして突然、
「おねえさん、あんたの隣、誰か座ってるのか?」
そんな声が耳元で聞こえて、未来は慌てて仰け反りながらも振り返る。
もの凄い臭気が鼻を突き、うわっ! と思って更に上半身を遠ざけた。
そんな未来の顔をニヤニヤしながら、男が酒臭い息を撒き散らし覗き込んだのだ。
きっと随分前から、もしかすると最初の大声からずっと、酔えば酔う程図々しくなって、あからさまな視線を向け続けていたに違いない。
「なんだったら、話し相手くらいなってやるよ、なあ〜」
そう言うが早いか、男は未来の両足を一気に跨いだ。あっと思った時には、男の図体で瞬の姿が見えなくなる。男がいきなり瞬の席に座ったかと思うと、その身体をグイグイ押し付けてくるのだ。
だが未来とてもはや十代の小娘ではない。
いい加減にしてください! そう言ってやろうと座席から飛び退くように立ち上がった。続いて男の顔を睨み付けた瞬間、突然男の眼球が白目を剝く。
えっ? と思った時には頭がカクッと垂れ下がり、そのまま身体がだらんとなった。
そうなったままなら、未来にとっても大事件だ。
お医者さんはいませんかあ! なんて叫ぶ羽目になっていたかもしれない。しかしそんなことを思い付くちょっと前、男がムクッと顔を上げてくれる。
「大変失礼致しました。それでは、彼氏と楽しいご旅行を……」
更にそう口にして、立ちっぱなしの未来の横を強引にすり抜けるのだ。そして唖然として見送る未来に構わず、男はさっさと元の席へと戻っていった。
――何なのいったい!
訳が分からぬままそう思って、未来は再び、座席に戻った男をギッと睨み付けた。そして瞬へと向き直り、声を掛けようとしたその時だ。
――嘘! どうして?
瞬の席は空っぽで、
――まさか、また落ちちゃったの!?
そんな思いに、慌てて座席の下に顔を沈めた。ところがやはり見当たらないのだ。
これが各駅停車だったなら、次の駅で待つという選択だってあったろう。しかし次の停車駅は名古屋で、そこで降りることが得策とはどうしても思えなかった。出雲市駅まで行ってしまって、そこで瞬の出現を待ってみよう。すぐにそう決心できた未来は、窓の方を向いていたノートパソコンを自分へと向ける。そして瞬の行方を心の片隅で念じながら、再び探偵社からの報告書に目を通していった。
未来はその日、敢えて3人席ではなく、2人席の指定券を並びで2枚買っていた。
そして自分は通路側に陣取り、窓側の瞬とは通路に背を向け話すようにする。後は声のトーンに気を付けていれば、変に思われることはないだろうと思ったのだ。
ところがだった。ちょうど列車がトンネルに差し掛かかり、暗くなった窓の中に車内の様子が写り込んだ。その時ふと、男の顔に意識がいった。瞬の顔の奥にある窓に、未来のことをジッと見つめる一つの顔を見つけたのだ。
禿げ上がった頭に脂ぎって見えるその顔は、紛れもなくさっき頭を下げたサラリーマン。中高年にありがちな欠点を、一手に引き受けている小太りの男だ。そして向こうも未来の反応に気付いたのだろう。そのまま固まっている彼女に、勢い良く立ち上がる男の姿が目に入った。
未来は最初、視線が合ってしまったことに気が付いた男が、気まずさから立ち上がったのだと思う。ところがさすがにそこは中年だった。彼は未来の視線から逃げようとするどころか、あっという間に通路を横切り未来の背後に立ったのだ。そこでようやく瞬も気付いて、その目が未来と男の顔を行ったり来たり……そして突然、
「おねえさん、あんたの隣、誰か座ってるのか?」
そんな声が耳元で聞こえて、未来は慌てて仰け反りながらも振り返る。
もの凄い臭気が鼻を突き、うわっ! と思って更に上半身を遠ざけた。
そんな未来の顔をニヤニヤしながら、男が酒臭い息を撒き散らし覗き込んだのだ。
きっと随分前から、もしかすると最初の大声からずっと、酔えば酔う程図々しくなって、あからさまな視線を向け続けていたに違いない。
「なんだったら、話し相手くらいなってやるよ、なあ〜」
そう言うが早いか、男は未来の両足を一気に跨いだ。あっと思った時には、男の図体で瞬の姿が見えなくなる。男がいきなり瞬の席に座ったかと思うと、その身体をグイグイ押し付けてくるのだ。
だが未来とてもはや十代の小娘ではない。
いい加減にしてください! そう言ってやろうと座席から飛び退くように立ち上がった。続いて男の顔を睨み付けた瞬間、突然男の眼球が白目を剝く。
えっ? と思った時には頭がカクッと垂れ下がり、そのまま身体がだらんとなった。
そうなったままなら、未来にとっても大事件だ。
お医者さんはいませんかあ! なんて叫ぶ羽目になっていたかもしれない。しかしそんなことを思い付くちょっと前、男がムクッと顔を上げてくれる。
「大変失礼致しました。それでは、彼氏と楽しいご旅行を……」
更にそう口にして、立ちっぱなしの未来の横を強引にすり抜けるのだ。そして唖然として見送る未来に構わず、男はさっさと元の席へと戻っていった。
――何なのいったい!
訳が分からぬままそう思って、未来は再び、座席に戻った男をギッと睨み付けた。そして瞬へと向き直り、声を掛けようとしたその時だ。
――嘘! どうして?
瞬の席は空っぽで、
――まさか、また落ちちゃったの!?
そんな思いに、慌てて座席の下に顔を沈めた。ところがやはり見当たらないのだ。
これが各駅停車だったなら、次の駅で待つという選択だってあったろう。しかし次の停車駅は名古屋で、そこで降りることが得策とはどうしても思えなかった。出雲市駅まで行ってしまって、そこで瞬の出現を待ってみよう。すぐにそう決心できた未来は、窓の方を向いていたノートパソコンを自分へと向ける。そして瞬の行方を心の片隅で念じながら、再び探偵社からの報告書に目を通していった。