第5章  探求 - 工場跡

文字数 1,367文字

                  工場跡


「瞬、どう考えてもわたしには無理だよ、絶対……」
「でも、僕はしょっちゅうここに来てたんでしょ? だったら中に何かあるのかもしれないし、外から眺めてるだけじゃ何も分からない。かと言って、1人で入ったら不味いよね……また何かが見えてきて、僕だけどこかに行っちゃうかもしれないし……」
「それはそうなんだけど、まさか入りたいだなんて言うと思わなかったもの。だから何の準備もしてないでしょ。だからねえ、また今度にしない? 大きな脚立でもあれば、わたしでも何とかなると思うのよね」
 そんな未来の声にも、瞬はまるで納得していないようだった。
 あの夜、1人目を覚ました未来は瞬を探して、夜明けまでずっと外にいた。しかし結局見つからず、マンション前にある公園のベンチに腰かけ、瞬が消えてしまった理由をずっと考えたのだ。
 目の前に、本来ない筈の風景が浮かんできて、それがどんどんはっきり見え始める。
 きっとそうなるに従って、瞬の姿も消え去っていくのだろう。気が付けば、新たな風景と一緒の自分がいるんだと、彼は未来にそう言っていた。
 であれば未来が寝ている間に、彼はどんな風景を見ていたのか? 
 残念ながら、考えても考えてもその答えは見つからない。それでも知りようもないそんな場所で、瞬はふと未来のことを思い出し、いずれあの部屋に戻ってきてくれる。終いにはそんなことを願いながら、未来がふとベンチで顔を上げた時だった。
 眩しいくらいの朝日の中、その目に信じられない姿が映ったのだ。
「瞬……」
 吐息と共に声が出た。と同時に、凍えるようだった感覚が一気に消え失せ、暖かな空気が身体全体を包み込む。手を伸ばせば、すぐ届くところに瞬がいた。
 いつのまに? そう思う間もなく立ち上がり、未来は少し上にある彼の顔を力一杯睨み付ける。彼は「ゴメン……」とだけ呟いて、それからぎこちない笑顔を未来へと見せた。
 その後瞬から様々な話を聞いて、彼が自分の家だと思っていたマンションの所在や、矢島英二殺人事件などについて次々と調べた。携帯電話はおろか、パソコンのことなど知らない瞬は、未来がネットを使って調べ上げていく姿を、ただ目を丸くして見守ったのだ。
「……元々は、薬品の工場だったのか……」
「そうなの。大きな爆発事故があって、その裁判とか色々あったんでしょうけど、結局、親会社の製薬会社まで倒産しちゃったらしいわ」
 それでも被害者の家族はその後10年に亘って、国を相手に損害賠償を訴え続ける。
「でも不思議なんだ……もう裁判はとっくに決着がついているのに、ここってそれからずっと、あんな状態のままなのね。もう20年近く経ってるのよ。今頃、住宅地になってるとか、新しい工場に建て替えられるとか、普通ならそんな感じだと思うんだけど……」
 ところが、薬品工場は頑丈な門や塀に守られて、未だ廃墟のまま、時間の流れから完全に取り残されている。
 もしかすると爆発のせいで、土地そのものが汚染されてしまったとかあるのかもしれない。
 未来は土地の持ち主を調べようとするが、さすがにそこまではネット上には出てこなかった。
 やはり役所にでも行って、土地台帳を見ないとダメか? そう思って諦めかけていた未来は、思わぬところからその持ち主を知ることになった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み