第4章 見知らぬ世界 – 気付き(2)
文字数 1,824文字
気付き(2)
――俺は……悪魔なのか?
それとも、あまりにはっきりとした夢でも見てるのか?
瞬は混乱する頭を抱えて、そのままゆっくり立ち上がった。足はちゃんと地に着いていて、手で触ればその感触もちゃんと伝わる。
どう考えても、これが夢や幻だなんて思えないのだ。
では目の前の現実はなんなのか?
さっきいきなり現れ出た光景や、まだすぐ傍にいる喪服の2人も、あの光の揺らぎが変化した結果か? 瞬は何もかもが分からなくなって、再びさっきのマンションを見上げてみた。
するとその時、視線の片隅で何かが動く。
慌てて視線を元に戻すと、遠くに見える景色が明らかに歪んで見えた。
――またか!?
身構える瞬の視線の先で、大空と家々の風景が見る見る混ざり合っていく。
それはまさしく、さっき目の当りにした現象と同じだった。グニュッと歪んだと思ったら、渦を巻き、やがて何もない空間に吸い込まれて消え失せる。そして元あったところには、まったく別の景色が現れ出るのだった。
それまで彼の周りにあった風景とは、空を除けば殆どが茶や黒っぽい色ばかり。後はせいぜい薄汚れたような淡い色くらいだ。勿論庭に生えている木々の緑や、木蓮の白く清楚な花の色などが所々に見えはした。
ところが新たに出現した光景は、まるでそんな程度じゃなかった。
至るところ鮮やかな色彩が散らばって、言うなればまさに別世界。前方30メートルくらいから向こうは、今や見たこともない建物が隙間なく建ち並んでいた。家々はもうどこにも見当たらず、一面に広がっていた空さえも、天に伸びるコンクリートに邪魔され少ししか見えなくなっている。
――どうなってるんだ!?
間違いなく混乱はしていた。しかし似たような現象を経験しているせいか、今回は少しだけ冷静でいれた。さっきとは違って、瞬は怖々後ろを振り返ってみる。すると後方には何の変化も感じられず、木造の民家が建ち並んだままだ。
ところがだった。少しだけ安堵した彼が再び前を向くと、予想もしていない新たな恐怖が襲い掛かった。
――ちょっと、待ってくれよ!
それはこれまでのように、様々な動きを経てからのものではなかった。
そこにある景色が歪み始めて、渦を巻いて吸い込まれていく――そんな現象など一切ないまま、次々と出現する面妖な景色が、見慣れた家並みを呑み込みながら近付いてくるのだ。
このまま立ち尽くすなら、後十秒もしないうちに呑み込まれてしまう。
考えてる場合じゃなかった。瞬は踵を返し、何も起きていない方へ走り出した。走りながらも不安になって、彼は何度も振り返る。
広くなった道には車線が引かれ、その両側に馬鹿でかいビルが折り重なって見えた。そんな見たこともない光景が、まるで津波が押し寄せるように瞬を追い掛け迫っている。幸い距離は狭まっていなかったが、迫りくる恐怖に彼は何度も吐きそうになった。
そうして結構な距離を走った頃に、瞬はふと思うのだった。
どうして? ――と、奇妙な事実に気が付いた。
足音も聞こえて、地面を蹴っている感覚だってある。左右の景色もちゃんと後ろへ流れていって、だから気付きもしなかったのだ。
もうかれこれ5分以上走っている。
それも可能な限りの全速力でだ……なのに……いったいどうして?
――俺……本当に走ってる?
そう思いたくなるくらい、息がまるっきり乱れていなかった。
陸上部だった頃の未来ならば、きっとそんなことだってあるのかもしれない。しかし瞬は運動部どころか、高校を卒業して以来満足に走ったことさえないのだ。本当ならきっと1分だってゼイゼイな筈。そんな事実に気付いた時、彼は走ることさえ怖くなる。
だが立ち止まれば確実に、襲い来る空間に呑み込まれてしまうだろう。
――そうなったら、俺は死んじゃうのか?
ほんの一瞬、そんな恐怖が頭を過るが、
――知るもんか! もうどうにでもしてくれ!
と心に叫び、瞬はそこで一気に立ち止まった。するとそれを待っていたように、前方の景色が一瞬で消え去る。まるで本のページを捲ったように、前方が瞬時に別世界と入れ替わってしまった。もうどこをどう見回しても、見知らぬ風景だけが彼の周りを取り囲んでいる。
そしてふと気が付けば、瞬はスクランブル交差点のど真ん中にいた。人っ子ひとりいないアスファルトの上で、煌びやかな風景の中心に彼は1人立ち尽くしていた。
――俺は……悪魔なのか?
それとも、あまりにはっきりとした夢でも見てるのか?
瞬は混乱する頭を抱えて、そのままゆっくり立ち上がった。足はちゃんと地に着いていて、手で触ればその感触もちゃんと伝わる。
どう考えても、これが夢や幻だなんて思えないのだ。
では目の前の現実はなんなのか?
さっきいきなり現れ出た光景や、まだすぐ傍にいる喪服の2人も、あの光の揺らぎが変化した結果か? 瞬は何もかもが分からなくなって、再びさっきのマンションを見上げてみた。
するとその時、視線の片隅で何かが動く。
慌てて視線を元に戻すと、遠くに見える景色が明らかに歪んで見えた。
――またか!?
身構える瞬の視線の先で、大空と家々の風景が見る見る混ざり合っていく。
それはまさしく、さっき目の当りにした現象と同じだった。グニュッと歪んだと思ったら、渦を巻き、やがて何もない空間に吸い込まれて消え失せる。そして元あったところには、まったく別の景色が現れ出るのだった。
それまで彼の周りにあった風景とは、空を除けば殆どが茶や黒っぽい色ばかり。後はせいぜい薄汚れたような淡い色くらいだ。勿論庭に生えている木々の緑や、木蓮の白く清楚な花の色などが所々に見えはした。
ところが新たに出現した光景は、まるでそんな程度じゃなかった。
至るところ鮮やかな色彩が散らばって、言うなればまさに別世界。前方30メートルくらいから向こうは、今や見たこともない建物が隙間なく建ち並んでいた。家々はもうどこにも見当たらず、一面に広がっていた空さえも、天に伸びるコンクリートに邪魔され少ししか見えなくなっている。
――どうなってるんだ!?
間違いなく混乱はしていた。しかし似たような現象を経験しているせいか、今回は少しだけ冷静でいれた。さっきとは違って、瞬は怖々後ろを振り返ってみる。すると後方には何の変化も感じられず、木造の民家が建ち並んだままだ。
ところがだった。少しだけ安堵した彼が再び前を向くと、予想もしていない新たな恐怖が襲い掛かった。
――ちょっと、待ってくれよ!
それはこれまでのように、様々な動きを経てからのものではなかった。
そこにある景色が歪み始めて、渦を巻いて吸い込まれていく――そんな現象など一切ないまま、次々と出現する面妖な景色が、見慣れた家並みを呑み込みながら近付いてくるのだ。
このまま立ち尽くすなら、後十秒もしないうちに呑み込まれてしまう。
考えてる場合じゃなかった。瞬は踵を返し、何も起きていない方へ走り出した。走りながらも不安になって、彼は何度も振り返る。
広くなった道には車線が引かれ、その両側に馬鹿でかいビルが折り重なって見えた。そんな見たこともない光景が、まるで津波が押し寄せるように瞬を追い掛け迫っている。幸い距離は狭まっていなかったが、迫りくる恐怖に彼は何度も吐きそうになった。
そうして結構な距離を走った頃に、瞬はふと思うのだった。
どうして? ――と、奇妙な事実に気が付いた。
足音も聞こえて、地面を蹴っている感覚だってある。左右の景色もちゃんと後ろへ流れていって、だから気付きもしなかったのだ。
もうかれこれ5分以上走っている。
それも可能な限りの全速力でだ……なのに……いったいどうして?
――俺……本当に走ってる?
そう思いたくなるくらい、息がまるっきり乱れていなかった。
陸上部だった頃の未来ならば、きっとそんなことだってあるのかもしれない。しかし瞬は運動部どころか、高校を卒業して以来満足に走ったことさえないのだ。本当ならきっと1分だってゼイゼイな筈。そんな事実に気付いた時、彼は走ることさえ怖くなる。
だが立ち止まれば確実に、襲い来る空間に呑み込まれてしまうだろう。
――そうなったら、俺は死んじゃうのか?
ほんの一瞬、そんな恐怖が頭を過るが、
――知るもんか! もうどうにでもしてくれ!
と心に叫び、瞬はそこで一気に立ち止まった。するとそれを待っていたように、前方の景色が一瞬で消え去る。まるで本のページを捲ったように、前方が瞬時に別世界と入れ替わってしまった。もうどこをどう見回しても、見知らぬ風景だけが彼の周りを取り囲んでいる。
そしてふと気が付けば、瞬はスクランブル交差点のど真ん中にいた。人っ子ひとりいないアスファルトの上で、煌びやかな風景の中心に彼は1人立ち尽くしていた。