第5章  現実 –  苦悩(5)

文字数 715文字

                   苦悩(5)


 元々、今日から5日間休みだったのだ。
 先月いきなり、上司から残っている有給を本年度中に使い切れと言われて、未来は何とか月末最終週に5連休を当て込んだ。
 ただそうは言ってもちゃんと休んでなどいられる筈がない。今朝も午前中だけは出勤しようと、マンションから出た途端に瞬の姿を見つけていた。ただとにかく、こんなことになってしまえば、もう出勤などしている場合じゃない。
 ――みんなごめんね、何とか宜しくお願いします!
 出勤している同僚に向けて、未来はそんなことを思ってやっと、瞬はどうしたのかと部屋の中を見回した。
 ――瞬……?
 さっきまでいたところ他、寝室どこを見回してもその姿は見当たらない。それから2LDKのマンション隅から隅まで、バスタブの蓋まで開けて彼のことを探し回った。
 ところがどこにもいないのだ。未来は瞬を求めて躊躇なく、真夜中の住宅街へ飛び出していく。夜の風は突き刺すように冷たく、そんな中、
「瞬、どこにいるの?」
 彼への言葉を囁きながら、肩をすぼめてマンション周辺を歩き回った。そしていつしか辺りが薄ら白み始める。そうなってようやく、未来は瞬を探すことを諦めた。身体は完全に冷え切っていて、手袋なしの両手は氷のように冷たい。それでも誰もいない部屋には戻りたくはなかった。なんなのよ……? 不意に熱い感情が込み上げてきて、
 ――これじゃあ、今までとぜんぜん変わらない……。
 こんな言葉を呪文のように、心で何度も何度も唱え続ける。そして気付けばたった一度の声となって、
「こんなんじゃ! 何も変わってないじゃない!!」
 後は唸るような嗚咽の声だけが、辺りに悲しく響き渡った。
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