第8章 終焉 -  病院へ(2)

文字数 1,265文字

  病院へ(2)
 


 調理場を囲むように作られたカウンターの端っこに、丸みを帯びた14インチくらいのテレビがある。その画面の中で、見たことのあるレポーターが火事現場の様子を伝えているのだ。更に画面右上に小窓が映っていて、その中に知っている顔が2つ並んでいた。その片方に目をやった瞬間、瞬……? そう思うと同時に、未来はテレビ画面に向かって猛突進を見せる。驚いて目を向けるマスターなどお構いなしに、カウンターに両肘を付きテレビ画面ギリギリまで顔を寄せた。未来はそうして初めて、それが瞬ではないことを知ったのだ。
 燃え盛る炎で真っ赤に染まった映像の中に、ネット上にあった二階堂豊子の顔が映っている。そしてその隣には、あまりに瞬と似ている顔が並んでいた。それは白黒の写真を映したもので、きっとまだ高校生くらいなのだろう。今とは比較にならない若々しい顔の下に、二階堂京という文字が小さく映し出されている。
 ――親子だからって、ここまで似るもの? 
 思わずそんなことを思っていると、画面がいきなり上空からの映像に切り替わる。そうなって未来もすぐに、2人が映し出されている衝撃の事実を知った。それは、やはりネットで散々見ていた風景だったのだ。広大な土地に幾つもの建物が散らばっていて、その中央にある一際大きい建物から炎が吹き出し、轟々と黒煙が上がっている。まさに未来が向かおうとしていたその場所に、今も二階堂親子が取り残されているというのだった。出火原因は不明で、あまりの火の勢いに近寄ることさえできない。遠くから放水している様子が映っているが、強烈な炎の前にまるで効果がないように未来には見えた。とにかくこんな状態では、間違っても2人に会える筈がない。それ以前に、当分は現場に近付くことさえできないだろう。
 ――どうしよう……?
 幾ら考えたところで、もう残されているのは神頼みくらいのものだった。
「瞬……」
 ふと、その名が口を衝いて出た。しかし誰にも声は届かず、店主はフライパンの上で香ばしい音を立てている。きっともうすぐナポリタンが出来上がるのだ。席に、戻ろう。放心状態のままそう思った時、不意に携帯の着信音が鳴り響いた。慌てて席に戻って、鞄の外ポケットから携帯を取り出す。未来は表示されている名前を知って、
 ――瞬……。
 今一度、心の中だけでその名を呼んだ。そうしてようやく、折り畳まれた携帯電話を開き見る。が、点滅する画面を見つめたまま、一向に耳に当てようとしないのだ。やがて着信音は途切れて、室内で聞こえるのはテレビからの音だけとなった。既に教団施設からの中継は終わっていて、スタジオでの画面にいつの間にか切り替わっている。そしてきっと留守録が残されたのだろう。携帯上部にある小さなランプが点滅し、更にもし、このまま無視を決め込んだとしても、いずれ同じ番号から掛かってくるに違いない。
「瞬……」
 三たびその名を呼んで、未来はゆっくり椅子から立ち上がる。そして折り畳んでしまった携帯電話を手にして、彼女は徐に出口に向かって歩いていった。
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