第8章 終焉 -  幻(2)

文字数 862文字

 幻(2)



 だからこそ淳一は、今回のことを実行に移した。未来がさっき訴えていたのも、きっと本当に起こったことに違いない。淳一は前日の病室で、目を覚ました瞬と会話までしていたのだ。最初、瞬の意識が戻ったと知って、
「瞬、先生を呼んでくるからな!」
 淳一はそう言って、すぐに瞬の傍から離れかける。しかしその時、微かに瞬の顔が歪んで見えた。それがまるで、「嫌だ」と言っているように感じて、彼はすぐにその足を止めたのだ。ただすべては、1分から2分という短い間でのこと。口元の筋肉が落ちているせいか、口はあまり開かず言葉がはっきり聞き取れない。瞼は微かに開いていたが、眩しさのせいか何度となく閉じて、数秒してから薄ら開く。それでも淳一の呼び掛けには反応し、瞬はたどたどしくもしっかりその思いを伝え残した。しかしそれは淳一にとって、俄に信じ難い話でもあった。
 意識だけが肉体から抜け出し、未来とずっと一緒だったなどと言われて、最初はその意味さえ分からなかった。だたそんなことももうできなくなる。だから未来を病室に呼んで欲しいと、瞬は息も絶え絶え声にした。
「未来を、ここに呼んで……最後の、お別れをしたい、から……」
 そしてフッと息を吐いた後、
「ふたり、だけで……」
 そんな短い言葉が最後だった。その後は何度呼び掛けても反応はなく、彼は再び深い眠りに就いていた。
 淳一はすぐに4人の人間に連絡を取って、その日のうちにありのままを伝える。瞬が言ったことが本当かどうかではなく、最後の別れをしたい――もしそんなことが本当に可能なら、何があっても叶えてやりたいと訴えた。そうして、慎二が電話で未来を呼び戻し、たまたま空室だった病室に6人が待機することになる。しかしこれは結局、ただ未来を苦しめただけだったのか? きっと瞬は淳一との時間に、残った力を使い果たしていたのだろう。だからいざ未来との別れの場で、とうとう言葉さえ出てこなかった。
 ――瞬、これで本当に良かったのか……?
 淳一は1人病室を出て、脳裏に浮かんだ息子へと、何度もそう問い掛けた。
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