第5章  現実 –  行方不明

文字数 1,204文字

                   行方不明


 ――ちょっと2、3日旅行に行ってくる……。
「僕は未来にそう言って、1人で旅行に出掛けた。でも、何日経っても帰ってこない。いったい僕は、何をしにどこに出掛けて、なんでこんなことになってしまったんだろう?」
 さっき目にしたばかりの自分を思い浮かべ、瞬はまるで他人のことのようにポツリと言った。
 そこは、彼の入院している病院の中庭で、色とりどりの花が咲く花壇に沿って、白いベンチが所々に置かれている。その中の1つに、瞬と未来は2人して座っていたのだ。
 傍目には、女性が1人でいるとしか見えてはいない。
 もしかしたら、ちょっとだけ頭のおかしい女性が何かブツブツ言っている。そんなふうに見ていた人だっていただろう。
 瞬はベッドに横たわる自分を知って、その後すぐに消えそうになった。
 突然、未来の声に反応しなくなり、何かを見つめたまま動かない。
 それでも以前とは違って、掠れ始めた彼に大声を上げれば、夢から醒めたようにその姿もシャキッとする。そんなことを繰り返しながら、未来はベンチに座って、大学4年の春にあった出来事から説明していった。  
 瞬は旅行先からなかなか戻って来ず、未来も彼の父親もその行き先を聞いていない。そして彼が旅立ってからひと月経って、父親はとうとう警察へ捜索届けを出していた。
「瞬のお母さんが亡くなってすぐだったし、きっとお父さんと一緒なんだと思って、わたしもどこへって聞かなかったのね。だからそれがとにかく悔やまれて、瞬のお父さんから行方不明だって聞かされた時、本当にショックで立ち直れないくらいだったのよ」
「……そうか……そんな前に、お袋死んじゃってたんだ? それって病気とかで?」
 そんな瞬のリアクションに、未来は一瞬、顔だけでその驚きを彼へと伝える。しかしすぐに強ばった顔から力が抜けて……、
「そう……それも覚えてないんだ……」
 そうポツリと声にした。
「確か癌だったわ。最期の2日間くらいは瞬、ずっと病院に行きっぱなしだったし、わたしも亡くなる日の午前中に偶然、最後のお見舞いに行くことができたんだけど……」
 そこで近付いてくる老人に気が付き、未来は一旦声をひそめる。
 重篤じゃない入院患者で、きっと院内を散歩でもしているのだろう。パジャマの上にカーディガンだけを羽織って、特に目的もなくという印象でベンチの方に歩いてくる。
 だから老人が目の前を通り過ぎ、そこそこ遠くに行くのを見守ってから、未来は再び彼に向かって話し始めた。
 瞬は母親の死についてだけでなく、自身の生い立ちの殆どを覚えていなかった。未来とのことも、高校からの付き合いだという以外、具体的な記憶は無いに等しい状態。だから未来は散切り頭のまま自宅に戻り、夕食も取らずにずっと休まず話し続けた。そして大凡を話し終わって、更に吐き出せずにいた思いの丈を彼へとぶつけていったのだった。
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