第6章 混沌 -  二階堂京 

文字数 908文字

                 二階堂京 


 つい数時間まで、そこは老若男女でひしめき合っていて、席を立つものがいれば我先にと誰かが続いて腰掛ける。大抵長くて2、30分、皆大凡そのくらいで席を立って、会計やら薬局へと歩いていった。そんな中、1人の男が目を閉じたまま、ずっと身動きしないで座っていた。
 白髪混じりの髪の毛を後ろで結び、白い綿シャツに履き古したジーンズを履いている。
 それに加えて雪駄履きとくれば、本来なら決して印象がいいとは言えないだろう。
 しかし座り続けている男には、そう思わせない何かがあった。姿勢の良さと、彫りの深い顔立ちも手伝い、凛とした雰囲気さえ感じさせている。そして彼がここにいるのは、そんな印象からは想像もできない、あまりに生々しい目的の為だった。
 どうして生き霊などになって、この世に彷徨い出ているのか? そして本当ならば、決して生きてなどいない筈。……なのになぜ? 彼は素直に知りたいと思った。だからさっさと終わらせたいのを我慢して、もう3時間近くもそこにいた。しかし仮に知ったとしても、結果は変わりはしないのだ。ただ、知りたいと思ってやるくらい、自分にはしてやる義務がある。そう思って二階堂京は、病院の待合室に座り続けていたのだった。
 ところが更に2時間経っても、その存在は戻ってこない。窓口に並んでいる人も疎らになって、何よりだだっ広い待合室に、もう人が数える程しかいなかった。このままここに留まるのは、どう考えても目立ち過ぎる。
 ――仕方がない、これが俺とあいつの宿命だ……。
 つくづく不運なやつだと勝手に念じ、彼は椅子からゆっくり立ち上がった。
 そしてそれから5分もしないうちに、二階堂京は瞬の肉体を前にする。
 手を伸ばせば触れる位置に立って……、
「眠っていても、ちゃんと歳は取るんだな……」
 口に出してそう言いながら、瞬の黒ずんだ顔から全身を見やった。彼は瞬の年齢を正確には知らない。しかし随分昔、学生だった頃の顔を微かに覚えてはいたのだった。
 ――もういいだろう? 俺がちゃんと、終わらせてやるからな……。
 京はそんなことを念じて、右手をゆっくり瞬の顔へと近付けていった。
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