第1章  日常 - 相澤未来

文字数 1,386文字

                   相澤未来


 相澤未来は高校2年生で、1年とはまるで違うクラスになった。しかし40人近いクラスの中で、生徒会やクラブ活動を通じて半分くらいと話したことがある。だから緊張することもなかったし、これまでと何も変わらない日常が始まるんだと思っていた。ところが2年生になって2日目、それは確か昼休みの時間だったと思う。
「おい! おまえ菊地だろ? 朝、先生がそう呼んだの聞いてさ、どっかで聞いたことあるって思ってたんだ。おまえって幼稚園の時、小池のこと殺しちゃったやつだよな!」
 そんな声が聞こえて、慌ててその声の主を未来は探した。
「あれ? 違ったかな……おまえ菊地瞬だろ? 多摩川幼稚園だったさ、違うの?」
 見たことのない顔だった。いくら1年でクラスが違っても、たった3クラスだから見たことくらいはある筈なのに。そんなことを思いながら、未来はその瞬間から胸のドキドキを抑えられなくなる。それから、正面を向きながら目だけを2人に向けて、耳を澄ましてジッと様子を窺った。その後も、見知らぬ誰かは続けて何かを喋っていたが、言われた方は依然何も応えない。するといい加減嫌気が差したのか、
「ま、いいけどね。違ったんならさ、それでも……」
 新しいクラスメイトはそう言って、さっさと自分の席に戻ってしまった。 
 ――どうして!? 結局どっちなのよ! 
 そんな結末に、未来はかなり勝手にそんなことを思った。
 結局、初めて目にする彼は、2年になって転校してきた生徒だったのだ。父親の転勤で海外に行くまでは、未来のすぐ近所に住んでいたらしい。その時、そんな彼が着席してしまっても、そのまま視線を逸らすことができなかった。菊地瞬……きっとこの名前だけだったなら、すぐに思い出せはしなかったと思う。現に朝礼後の点呼の時に、未来はその名を聞いたことすら覚えてはいない。しかしだった。
 〝小池のこと殺しちゃったやつ……だよな……〟 
 ――確か名前は誠一……小池誠一だ。
 菊地瞬と小池誠一、それからすぐに多摩川幼稚園と続いて、脳裏にまざまざと古い記憶が蘇ってきた。
 ――あなたは、本当にあの時の菊地くんなの? 
 確かに誠一くんは死んじゃった。だけどそれは別に、菊地くんが殺したってわけじゃぜんぜんない。きっと、あの人は何か勘違いしているんだ。次々と浮かんでくるそんな思いに、未来は先生が来るまでずっと、菊地と呼ばれた生徒の背中を見つめ続けた。 
 菊地瞬とは、幼稚園の2年間だけ一緒だった。卒園間近の頃起きてしまった事故のせいで、彼は幼稚園に出て来なくなり、結果卒園式にも出なかったと思う。その後引っ越しでもしたのか、同じ学区だった筈の公立小学校にも現れない。ただ彼のことは強烈に印象が残っていて、未来は小学校に上がってからも、菊地瞬のことはたまに思い出した。そしてたった1度だけ、母親に彼のことを聞いたことがあったのだ。その時、ニコニコしていた顔が急に不機嫌そうになって、
「いつまでもそんなこと覚えてなくていいの! いい加減に忘れてしまいなさい!」
 と、結構な勢いで叱られてしまう。そんなこともあって、未来はそれ以降一切彼のことを口にはしなかった。しかしあの日の衝撃は消え去ることなく、ずっと記憶の奥底に居座り続けることになっていた。
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