第5章 現実 – 未来の苦悩(4)
文字数 1,306文字
未来の苦悩(4)
「もうね、大変よ! いい歳したおばさんが、事もあろうに遊園地でよ? でもね、どうしようもなかったの……。ホント、みっともない話……」
未来は若い夫婦に見つめられたまま、いきなり声を上げて泣き出していた。懸命に口元を塞ぎながら、それでも漏れ出る嗚咽が、何とも悲しげに辺りへと伝わる。
「それからね、その2人に散々慰められたわ。わたしはね、シングルマザーで育てていた瞬という息子を、14年前に交通事故で失ったの。彼は、このレストランのハンバーグが大好きでね、美味しそうに食べていた我が息子を、わたしは思い出しながら……なんてね」
そんな話を聞いて若い夫婦は、当然のように心の底から信じ切った。
「それでわたしも調子に乗ってね。実は……って、本当のことを話しちゃったの、勿論、わたしの息子がってことにしてよ。でも、お陰で結構スッキリしちゃって……」
歳を取ると、平然と嘘が付けるようになる。
そう言って、未来はさも嬉しそうにケラケラと笑った。しかしすぐに真顔になって、再び瞬の顔をじっと見つめる。
「この時はそんなわけで、瞬が消えちゃって結構な時間が経っちゃったから、本当のところ諦めていたの。今度逢えるのは、半年とか1年後とかになるんだろうなってね。でもレストランを出たら、瞬がベンチに座ってるじゃない!? 結局、その後すぐまた消えちゃうんだけどさ。とにかくいっつもそんな感じで、好き勝手に現れて、すぐにまたどこかへ行っちゃうの。そんなんがずっとよ、ずっと……それでもね、また現れてくれればいいのよ。現れてくれさえすればね……」
話しているうちに、どんどん声が大きくなった。そして後半はまた、俯きながらのものとなる。
本当の未来の姿と再会した時、瞬が見上げていたのは男のマンションではなかったのだ。それは未来の住むマンションで、それも遊園地のベンチから消え去って、なんとひと月以上が経過していた。
「こら! 瞬! 消えるな!」
4缶目のビールを手にしている未来が、いきなり瞬を睨み付けそう叫んだ。
彼は慌てて未来の顔を見つめ直して、脳裏に浮かんだ風景を振り払う。
その時、脳裏には渋谷の街並みが浮かんでいた。部屋にある大型テレビに目が行って、渋谷の交差点から見上げた大画面を思い出したのだ。
もしそのまま浮かんだ風景に身を委ねていれば、彼はすぐにこの場から消え去っていただろう。
多少時間差はあるようだったが、いずれ思い浮かんだところに行くことができる。そんな感じなんだと、ここに来て瞬は思うようになっていた。
彼はその日、未来の前で何度も消えそうになったのだ。
最初はマンション前に現れてすぐのこと、ショートカットになっていく未来を理解できず、瞬は気付かぬうちにその姿を消し去ろうとする。
お願い! 消えないで! そんな未来の声によって、瞬は何とか我に返った。
それ以降も何度となく消え掛かったが、未来の指摘によって消え去らないで済んでいる。
ただ彼の知っていた未来だけは、もうどこにもいないのだった。
若々しかった未来の姿は、遥か遠い彼方へ消え失せてしまっていた。
「もうね、大変よ! いい歳したおばさんが、事もあろうに遊園地でよ? でもね、どうしようもなかったの……。ホント、みっともない話……」
未来は若い夫婦に見つめられたまま、いきなり声を上げて泣き出していた。懸命に口元を塞ぎながら、それでも漏れ出る嗚咽が、何とも悲しげに辺りへと伝わる。
「それからね、その2人に散々慰められたわ。わたしはね、シングルマザーで育てていた瞬という息子を、14年前に交通事故で失ったの。彼は、このレストランのハンバーグが大好きでね、美味しそうに食べていた我が息子を、わたしは思い出しながら……なんてね」
そんな話を聞いて若い夫婦は、当然のように心の底から信じ切った。
「それでわたしも調子に乗ってね。実は……って、本当のことを話しちゃったの、勿論、わたしの息子がってことにしてよ。でも、お陰で結構スッキリしちゃって……」
歳を取ると、平然と嘘が付けるようになる。
そう言って、未来はさも嬉しそうにケラケラと笑った。しかしすぐに真顔になって、再び瞬の顔をじっと見つめる。
「この時はそんなわけで、瞬が消えちゃって結構な時間が経っちゃったから、本当のところ諦めていたの。今度逢えるのは、半年とか1年後とかになるんだろうなってね。でもレストランを出たら、瞬がベンチに座ってるじゃない!? 結局、その後すぐまた消えちゃうんだけどさ。とにかくいっつもそんな感じで、好き勝手に現れて、すぐにまたどこかへ行っちゃうの。そんなんがずっとよ、ずっと……それでもね、また現れてくれればいいのよ。現れてくれさえすればね……」
話しているうちに、どんどん声が大きくなった。そして後半はまた、俯きながらのものとなる。
本当の未来の姿と再会した時、瞬が見上げていたのは男のマンションではなかったのだ。それは未来の住むマンションで、それも遊園地のベンチから消え去って、なんとひと月以上が経過していた。
「こら! 瞬! 消えるな!」
4缶目のビールを手にしている未来が、いきなり瞬を睨み付けそう叫んだ。
彼は慌てて未来の顔を見つめ直して、脳裏に浮かんだ風景を振り払う。
その時、脳裏には渋谷の街並みが浮かんでいた。部屋にある大型テレビに目が行って、渋谷の交差点から見上げた大画面を思い出したのだ。
もしそのまま浮かんだ風景に身を委ねていれば、彼はすぐにこの場から消え去っていただろう。
多少時間差はあるようだったが、いずれ思い浮かんだところに行くことができる。そんな感じなんだと、ここに来て瞬は思うようになっていた。
彼はその日、未来の前で何度も消えそうになったのだ。
最初はマンション前に現れてすぐのこと、ショートカットになっていく未来を理解できず、瞬は気付かぬうちにその姿を消し去ろうとする。
お願い! 消えないで! そんな未来の声によって、瞬は何とか我に返った。
それ以降も何度となく消え掛かったが、未来の指摘によって消え去らないで済んでいる。
ただ彼の知っていた未来だけは、もうどこにもいないのだった。
若々しかった未来の姿は、遥か遠い彼方へ消え失せてしまっていた。