第3章 異次元の時 -  遊園地(2) 

文字数 1,473文字

                 遊園地(2)



「未来、いいよいいよ、もう俺は充分だよ……」
 そう言ってから、ゆっくり席を立って見せたんだ。そうすれば、きっと未来だって立ち上がるだろうと思ってだ。ところがまるでそうはならない。立ち上がった俺の方を見ないまま、未来は憮然とした表情を崩さなかった。どうして? 素直にそう思ったよ。ウエイターは皿を戻していなくなり、俺はまた座るなんて気持ちには到底なれない。
「俺、先に表に出てるからさ……」
 できる限り穏やかな感じで言って、俺は未来を残してそこを出た。それからどんな顔して出てくるかと、レストランの前でドキドキしながら彼女を待った。ところがだ。さっきまでの仏頂面はどこ吹く風。何とも機嫌のいい笑顔をして、未来は俺に手まで振って見せたんだ。
「瞬が出て行っちゃったから、セットのコーヒー飲み損なっちゃったよ! 残念〜」
 どう転んでも文句とは思えぬ声で、未来は明るくそう言ってきた。
 それから俺たちは、自動販売機で缶コーヒーを買って、レストラン脇にある広場のベンチに腰掛ける。そしてホッと一息、まさにそんな感じだったのに、最近の俺はどうしてこうなってしまうのか? 
 その広場は、「本当に遊園地の中?」と言いたくなるくらいに閑散としていて、白い柵で仕切られた花壇が5つ6つ点在している。そんな中、一番遠くに見える花壇の中に、俺はあの晩出会った少女を見つけてしまった。遠目でもはっきり分かるくらいに、周りの景色から浮き上がるように見えている。
 ――ゆうちゃん……。
 そんな心の声が聞こえたように、少女が一瞬笑ったように見えた。そしてその直後、歩く素振りなど見せぬまま、スーッとベンチの方に近付いてくる。顔半分を覆っていた爛れは消え去って、シミ1つない真っ白なワンピース姿。そんな少女はまさに地下室で目にした写真の中の……、〝ゆうちゃん〟そのものに見えるのだった。
 ――良かったね、ゆうちゃん……やっと呪縛から解放されたんだね。
 今度こそ本当に、そう思う心の声が聞こえたんだろう。ゆうちゃんはフッと優しい笑顔になって、コクンと小さく頷いた。
 この時、俺の心の半分は未来にもしっかり向いていて、ゆうちゃんに顔を向けつつも、チラチラと彼女の様子も窺ったんだ。幸い未来に気付いた様子はなくて、穏やかな表情で遠くの観覧車に目を向けている。俺は正直ホッとした。ホッとしたついでに、ゆうちゃんの後に付いていこうと心に決める。ゆうちゃんが、俺においでおいでをして見せたんだ。それからフッと後ろ向きになって、やはり直立不動のまま元いた方へ遠ざかっていく。
 本当なら、こんなところにいる筈じゃない。彼女はもう自分の死を悟っていて、だからこそ、幸せだった頃の姿で現れた。だけどそれならば、どうして未だ彷徨っている?
 ――成仏しないで、よりにもよって遊園地なんかに? まさか、俺に会いに現れたってことなのか?
 俺はそんな疑問を解決する為……、
「未来ゴメン、この埋め合わせはきっとするからさ……」
 未来を見ないままそう呟いて、ベンチから1人立ち上がった。
 俺は正直、未来の方を向く勇気がなかった。だから彼女のリアクションを待たずに、さっさと少女に向かって歩き出す。
 この時俺には、ゆうちゃんの為――そんな気持ちが確かにあった。だけど実際は、まったくの逆であったのかもしれない。すぐそこまで迫っていた変化を、彼女は俺に教えようとしていたのか? 導かれ、結果現れ出たそんなものは、まさに想像したこともない悪夢を俺の急所へねじ込んできやがった。
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