第5章 現実 – 黒い影
文字数 619文字
黒い影
――いったい、何してるのよ!
既に試験が始まって30分は経過している。
ところが一向に、瞬は教室に姿を見せなかった。
1時限目はクラス担任の数学の試験で、瞬から何か連絡があれば、目の前にいる担任教師にも伝わる筈だ。
なのに瞬の不在などどこ吹く風で、担任はさっきから教卓に突っ伏して居眠りをしている。
未来は数学の数式を前にして、腹立たしいやら心配やらでどうにも試験に集中できない。当の本人はそんな未来の心配を知りもせず、ちょうどその頃目指す病院に到着していた。
初めて訪れる病院を3階まで上がって、ある病室の前で老婆に言われるまま立ち止まった。
内田定夫――そう書かれている白いプラスチック製のプレートがあって、きっとそれが彼女の夫の名前なのだ。
老婆は小さな声で、「ありがとうございます」と言い、肩に置いた掌の力を少しだけ抜いた。瞬がゆっくり腰を下ろすと、そのまま音も立てず床に降り立つ。
それからの彼女は、何一つ言葉を発しなかった。
されど立ち振る舞いはさっきまでと別人のようで、丸まっていた背筋をシャンと伸ばし、向かい合う瞬を見つめて深々と頭を下げる。それからゆっくり病室の方へ向き直り、ひと呼吸置いてからその扉を開けていった。
扉が開かれるとすぐに、その先にあった白いカーテンがパッと開かれ、中がちょっとだけ垣間見える。
その一瞬だけでも、瞬はただならぬ雰囲気を充分に感じ取った。
――いったい、何してるのよ!
既に試験が始まって30分は経過している。
ところが一向に、瞬は教室に姿を見せなかった。
1時限目はクラス担任の数学の試験で、瞬から何か連絡があれば、目の前にいる担任教師にも伝わる筈だ。
なのに瞬の不在などどこ吹く風で、担任はさっきから教卓に突っ伏して居眠りをしている。
未来は数学の数式を前にして、腹立たしいやら心配やらでどうにも試験に集中できない。当の本人はそんな未来の心配を知りもせず、ちょうどその頃目指す病院に到着していた。
初めて訪れる病院を3階まで上がって、ある病室の前で老婆に言われるまま立ち止まった。
内田定夫――そう書かれている白いプラスチック製のプレートがあって、きっとそれが彼女の夫の名前なのだ。
老婆は小さな声で、「ありがとうございます」と言い、肩に置いた掌の力を少しだけ抜いた。瞬がゆっくり腰を下ろすと、そのまま音も立てず床に降り立つ。
それからの彼女は、何一つ言葉を発しなかった。
されど立ち振る舞いはさっきまでと別人のようで、丸まっていた背筋をシャンと伸ばし、向かい合う瞬を見つめて深々と頭を下げる。それからゆっくり病室の方へ向き直り、ひと呼吸置いてからその扉を開けていった。
扉が開かれるとすぐに、その先にあった白いカーテンがパッと開かれ、中がちょっとだけ垣間見える。
その一瞬だけでも、瞬はただならぬ雰囲気を充分に感じ取った。