第5章  探求 - 江戸聡子(さとこ)(7)

文字数 1,277文字

                江戸聡子(さとこ)(7)


 瞬の今ある記憶が正しければ、聡子の霊は爆発事故から1年程して、景子の前に姿を現すようになっていた。
 小学生の頃はそれでも、時折現れては微笑みかけるくらいのことだったのだ。
 ところが景子が成長していくに従い、霊は徐々に豹変していく。景子が誰かを好きになったり、ラブレターを貰ったというだけで、それは鬼のように怒り狂うのだ。景子を売女と罵り、やがて怒りに乗じて、景子の心までを操れるようになっていく。
 更に大学入学当時、景子に生まれて初めて彼氏ができる。そんな付き合い始めたばかりの大学生へ、聡子の霊は景子の意識を乗っ取ったまま、
「ホテルに、連れてって……」
 などと告げた。そしてすべてが終わった瞬間、聡子は景子からスッと抜け出る。景子の意識はいきなり戻って、自分の身に起きた事実をすぐに悟ってしまうのだ。半狂乱となった彼女は逃げるようにホテルを飛び出し、そのまま車が行き交う道路に飛び出した。
 結果命は助かったが、脚にしっかりとした後遺症が残る。それが大学1年の夏休みの出来事で、彼女はその後、二度と大学には現れなかった。
 瞬は入学して間もない頃一度だけ、聡子が乗り移ろうとする瞬間に出会ったことがあったのだ。その時、美しかった顔がいきなり歪んで、見る見る別の顔へと変わっていった。そして現れ出た見知らぬ顔が、いきなり瞬へと静かに告げる。
「わたしに、二度と近付くんじゃない……」
 そんな言葉の後すぐに、景子の意識は元に戻った。
 この時、瞬にはそれが母親だろうとすぐに分かって、そんな事実を告げると共に、何かあれば相談に乗ると言って彼女の前から去ったのだ。この時のことを、景子は忘れずにいたのだろう。半年近く経ってから、いきなり電話を掛けて寄越す。
 その結果、彼は人生で初めて除霊なんてものを試みた。聡子が乗り移った景子を抱きしめ、母親の思いのすべてを知ろうとしたのだ。すると消し去りたい後悔の記憶が、まるで川が流れるように瞬の方へと伝わってくる。やがてすべてを出し尽くした聡子は、安心しきったような顔でどこかへフッと消え去った。
 今更、こんなことを隠したって、本当のところまるで意味などない。そう感じていながらも、瞬はなぜか言葉にするのを躊躇った。だから肝心なところを思いっきり省いて、かなりざっくり未来への答えを口した。
「直に、景子のお母さんから聞いたんだ……全部聞いてあげれば、きっと天国に行けるだろうって思ってさ。だけどまさか、こんなところにいただなんて……」
「ちょっと待って、それって死んだ後の話なの? 景子のお母さんが、爆発事故で亡くなってからってこと?」
 瞬の言葉を遮り未来がそう言った時、ちょうど目の前にあの鉄格子がそびえ立った。そして何がどうであろうと、未来はここから出て行かなければならないのだ。
「続きはここを出てからにするけど、瞬! ちゃんと教えてくれないとダメだからね!」
 急に口が重くなってしまった瞬に向け、未来は力強くそう言ってから、辺りの様子を窺うような素振りを見せた。
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