第5章  現実 –  再会(2)

文字数 1,215文字

                  再会(2)


 そして更に4年という月日が過ぎ去る。
 未来はずっと変わることなく、勤めがある朝は瞬の病室へ顔を出した。しかしそれはまさに顔を出すだけで、以前のような語り掛けはまずない。病室で瞬の傍らに立って、
「瞬、おはよう……また、くるからね……」
 などと声を掛けるならまだいい方だ。大概は扉の隙間から顔だけを差し入れ、変わらぬ姿を確認してすぐに扉を閉めてしまう。だが決して、彼への気持ちが消え失せたわけじゃなかった。何を望むより彼に目覚めて欲しかったし、また一緒の時間を過ごしたいと心の底から思ってはいた。
 ただ、あの頃の熱かった思いだけは、今未来のどこを探しても見つからないだろう。
 もしこのまま何の変化も訪れなければ、きっと静かに忘れていくことだってできたのだ。
 この頃の彼女にも、そうなっていくだろう近い未来が、おぼろげに見えていたのかもしれなかった。
 ところがそうはならないのだ。
 結果それが良かったか悪かったのか、長い年月を経ても未だに分からない。
 ただいきなり現れ出た変化を、未来は心の底から喜んだ。少なくとも暫くは更なる変化を信じることができたし、新たな希望さえ生まれていたから……。
 
 ――瞬はきっと、目を覚ましてくれる。
 その日はまだ、そんな希望があったことさえ忘れ去っていて、未来は病室に寄ろうなどと思わぬまま席を立った。ロッカールームで私服に着替え、何食わぬ顔で一階のロビーを通って玄関口へ向かう。本当は、裏手にある急患入口から出るよう言われていたのだ。ただそうすると、バス停までの距離が倍以上になる。だから未来に限らず、17時が定時となる事務系の社員は皆、ロビーの端っこを早歩きで通り抜けるのだった。
 エレベーターを降りて、いつものように壁伝いに玄関口に急ぐ。20メートル程歩いたところで、未来はふと目にしたものに驚いた。
「あれ?」
 そう思って足が止まったのは、まだ結構先にある自動ドア辺りに、どうにも無視し難い姿を発見したからだ。それは心の底に沈んでいた記憶の一端を、一瞬にして脳裏へと浮かび上がらせた。しかしその距離のお陰もあって、
 ――そんなわけない……他人のそら似よ……。
 すぐにそう思うことができたのだ。ところがそう思っていながらも、彼女の足は止まったまま動かない。そのうちに、見覚えのある姿は自動ドアの先に消え去ってしまった。きっと似ていただけだ。ギンガムチェックのシャツなんて街に溢れてるし、ジーンズだって履き古せばどれも同じ。何よりも、彼の背格好はあまりにありふれていて平凡だった。
 ――でも、びっくりするくらい似てたわ……。
 歩き方までがそっくりで、最後に目にした彼が背中を向けば、きっとさっき見たままになるだろう。思えばもう随分瞬の顔をちゃんと見ていない……だからあんな姿が見えたりするのか? 未来はそんなことを思って、暫しその場に立ち尽くすのだった。
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