第5章 現実 – 行方不明(2)
文字数 1,381文字
行方不明(2)
「こら! 瞬! 消えるな!」
4度目となる声が響き渡ってから5分もすると、未来はゆっくりその目を閉じる。
ビール缶3本目辺りからベッドに寝そべっていて、目を閉じたと思ったらすぐに小さな寝息を立て始めた。すると当然ながらリビングが静寂に包まれ、そうなって初めて、瞬は言い様のないイラつきを覚えるのだ。
――だからって、どうしてこんなことになってるんだ? 死んではいない……だから、お化けだってわけじゃない。じゃあ、いったい今の僕は、何になってしまったんだ?
確かに、未来の説明で大凡の顛末は飲み込めた。
ところがそんな疑問の答えにはまるでなっていないのだ。
自分はいったい何なのか?
植物状態なんかになったのは、いったいどんな理由からなのか?
変わってしまった未来の寝顔を見つめて、何時しか瞬はそんなことばかりを考え続けた。
とにかくこれまで見ていたものは、殆どが言わばまやかしともいうべきもの。未来という恋人も、彼が見ていたのは20年以上も前の姿で、実際の彼女は43歳になっている。
考えてみれば、未来の勤め先を気にしたこともなかったし、彼女が実家を出たことだって知らなかった。きっと彼はこうなってからずっと、未来と過ごしてきた思い出を、おぼろげな記憶を頼りになぞっていただけなのだ。そして更には、彼がそこで見ていたものとは、
「瞬、それっていったい……いつの時代の話なの?」
未来がそう言うのも無理ないくらいに、今やモノクロ写真でしか見ることのできない風景ばかり。瞬のいた世界は土や砂利の道だらけで、極限られた大通りだけが舗装された道だった。住宅や電信柱は例外なく木造で、渋谷の街並みも、今から思えばいつの時代だっていう感じだ。
これまでは未来が言うように、随分昔の時代を漂っていたのだろう。
「カラーテレビを知らないって、それっていったい、昭和の何年くらいのことなの? だいたい瞬は、自分が何年生まれだか知ってる? 出来たばっかりの東京タワーって、そもそも私たちが生まれるのが、東京タワーが完成して4、5年経ってからなのよ!」
未来に突然そう突っ込まれ、瞬はただただ困った顔を見せていた。
昼間目にした高層マンションへの驚きを、彼は東京タワーに例えたのだ。
「そう言えば……昔、出来上がったばっかりの東京タワーに上ったことがあったよ。あれって、未来も一緒だったっけ?」
そう言って、彼は遠い目をして見せる。それから間髪入れずに、未来の訝しむ声が響き渡った。
確かに瞬の誕生年を考えれば、完成したばかりの東京タワーなどに行ける筈がない。
そんな記憶があるんだとすれば、完成から少なくとも、10年近い歳月が絶対的に必要だろう。
ところがだった。瞬は日付まで覚えていた。それは確かに、昭和33年の12月、小雨の降る寒い冬の日だったのだ。
600円――そう、確かそんな金額をとてつもなく高額に感じて、それでもワクワクしながら展望台に上っていった。そこから目にした風景を、彼は涌き上がる喜びの記憶と共に覚えていた。
白黒などではないイメージで、今でもしっかり思い出すことができる。そしてその記憶の中の自分とは、決して小さな子供などではなかった。
まさしく、昨日までは何の疑いもしなかった……〝俺〟――の記憶であるのだった。
「こら! 瞬! 消えるな!」
4度目となる声が響き渡ってから5分もすると、未来はゆっくりその目を閉じる。
ビール缶3本目辺りからベッドに寝そべっていて、目を閉じたと思ったらすぐに小さな寝息を立て始めた。すると当然ながらリビングが静寂に包まれ、そうなって初めて、瞬は言い様のないイラつきを覚えるのだ。
――だからって、どうしてこんなことになってるんだ? 死んではいない……だから、お化けだってわけじゃない。じゃあ、いったい今の僕は、何になってしまったんだ?
確かに、未来の説明で大凡の顛末は飲み込めた。
ところがそんな疑問の答えにはまるでなっていないのだ。
自分はいったい何なのか?
植物状態なんかになったのは、いったいどんな理由からなのか?
変わってしまった未来の寝顔を見つめて、何時しか瞬はそんなことばかりを考え続けた。
とにかくこれまで見ていたものは、殆どが言わばまやかしともいうべきもの。未来という恋人も、彼が見ていたのは20年以上も前の姿で、実際の彼女は43歳になっている。
考えてみれば、未来の勤め先を気にしたこともなかったし、彼女が実家を出たことだって知らなかった。きっと彼はこうなってからずっと、未来と過ごしてきた思い出を、おぼろげな記憶を頼りになぞっていただけなのだ。そして更には、彼がそこで見ていたものとは、
「瞬、それっていったい……いつの時代の話なの?」
未来がそう言うのも無理ないくらいに、今やモノクロ写真でしか見ることのできない風景ばかり。瞬のいた世界は土や砂利の道だらけで、極限られた大通りだけが舗装された道だった。住宅や電信柱は例外なく木造で、渋谷の街並みも、今から思えばいつの時代だっていう感じだ。
これまでは未来が言うように、随分昔の時代を漂っていたのだろう。
「カラーテレビを知らないって、それっていったい、昭和の何年くらいのことなの? だいたい瞬は、自分が何年生まれだか知ってる? 出来たばっかりの東京タワーって、そもそも私たちが生まれるのが、東京タワーが完成して4、5年経ってからなのよ!」
未来に突然そう突っ込まれ、瞬はただただ困った顔を見せていた。
昼間目にした高層マンションへの驚きを、彼は東京タワーに例えたのだ。
「そう言えば……昔、出来上がったばっかりの東京タワーに上ったことがあったよ。あれって、未来も一緒だったっけ?」
そう言って、彼は遠い目をして見せる。それから間髪入れずに、未来の訝しむ声が響き渡った。
確かに瞬の誕生年を考えれば、完成したばかりの東京タワーなどに行ける筈がない。
そんな記憶があるんだとすれば、完成から少なくとも、10年近い歳月が絶対的に必要だろう。
ところがだった。瞬は日付まで覚えていた。それは確かに、昭和33年の12月、小雨の降る寒い冬の日だったのだ。
600円――そう、確かそんな金額をとてつもなく高額に感じて、それでもワクワクしながら展望台に上っていった。そこから目にした風景を、彼は涌き上がる喜びの記憶と共に覚えていた。
白黒などではないイメージで、今でもしっかり思い出すことができる。そしてその記憶の中の自分とは、決して小さな子供などではなかった。
まさしく、昨日までは何の疑いもしなかった……〝俺〟――の記憶であるのだった。