第5章 探求 - 岡山、そして松江(2)
文字数 1,955文字
岡山、そして松江(2)
彼にしてみれば、つい今まで新幹線の中にいて、目の前にはやはり未来の顔があったのだ。
ところが一瞬にして女は消え去り、知らぬ間に新幹線のホームに立っている。
夢でも見ていたのか? そんなことを思っていたところへ、夢である筈がない未来の顔が目の前に現れ出た。
その瞬間、男は何かを言い掛けたのだ。
それは未来への罵声の言葉か、単なる驚きの声だったのか、とにかく何かを言い掛けて、彼は不意に手に何も持っていないことに気が付いた。朝っぱらから飲んでいて、これからが出張であるわけがない。となれば最低一泊はした筈で、新幹線に乗り込むにはそれなりの手荷物があった筈だ。
彼は足元辺りを見回してから、いきなりホームを走り出した。すぐ先にあった階段を駆け下りて、その姿はあっという間に見えなくなった。
男が瞬と重なった時、瞬の思念は男を瞬時に包み込んだ。意識が一気に流れ込み、男の人生すべてが瞬の記憶に刻まれる。途端に身体がグッと重くなって、呼吸がスムーズにできなくなった。口の中が妙にザラつき、なんとも胸が重苦しい。
男の過度のアルコールのせいか、それとも感じた怒りがそうさせたのか? とにかく意識などしないまま、瞬は男の身体に乗り移っていたのだった。
勿論、こんなことは初めてのこと。結果瞬が笑顔を作ろうとすれば、男がぎこちない笑顔を見せる。そして不慣れな身体のまま席に戻って、彼がようやくそこから抜け出ようとした時だった。3人掛けの一番窓側に、十代であろう少女の姿が目に入るのだ。
「で、その子が今にも死にそうだったの?」
「いや、今にも死にそうっていうのとは違うんだけど、ただね、とにかく死が近いってことだけは分かったんだ。だから車内で何か起きるとするなら、男の中にいた方がいいかなって、だからあの娘が新幹線を降りるまでは、我慢してこのままでいようってね……」
それが自殺によるものなのか、新幹線から降りてすぐに事故にでも遭うのか、もしかすると、一寸見ただけでは分からない持病でもあるのかもしれない。
「ただね、とにかく顔が暗くてさ、ずっと外を見てるだけで、目に涙なんか浮かべてるんだ……」
ちょっとした力のかけ具合で、抜け出せることはなぜだかすぐに分かっていた。だから比較的落ち着いて、彼はそのまま少女の様子を窺った。そしてその様子から、岡山で降りそうだと気が付いて、瞬は未来へとそうっと近付く。
「だってさ、あそこで説明してたら、未来だって色々聞いてくるだろ? もし大きな声を上げたりしたら、あの女の子に未来の存在を印象づけちゃうかもしれないし、そうなったら尾行するにしたってやり難くなるしね。だけどホント辛かったよ。男の中にいると、僕まで具合悪くなってくるんだ。まあとにかくさ、彼女が岡山で降りるって分かって、この際だから鞄も携帯も、荷物全部置きっぱなしで降りてやったってわけなんだ」
「瞬にしてはやるじゃない? でも、これからいったいどうするの? このままどこまでも付いていく気? もし自殺なんかじゃなかったら、こんなことしてても助けようがないし、もしかしたら今頃もう、死んじゃってるってこともあるんじゃない?」
そう言い終わった途端、バックミラーに映る目がサッと動いて、未来の視線とぴったり重なる。2人は既に30分以上、例の少女が乗り込んだタクシーを追っかけていた。そして最初は、こそこそと小さな声で話していたのに、次第に声の調子も声高になって……、
「あ、すみません、気にしないでください。わたし独り言すぐ言っちゃうんですよ、だから全然、気にしない方向でお願いします」
未来は運転手にそんな言い訳を声にした。
それから更に15分くらい揺られて、2人は名も知らぬ海岸線でタクシーから降り立つ。少女は既に砂浜を歩いていて、2人は急ぎ足でその後を追った。
ただ距離を取ってタクシーを停めていたせいで、砂浜へ下りる階段まではまだ結構距離がある。ところがそんなところで、不意に少女が後ろを向くのだ。
彼女の目は未来の姿をしっかり捉え、追い掛けてくる! きっとそんなふうに感じたのだろう。いきなり海に向かって一直線に走り始めた。
未来が階段に到達すると、既に少女は波打ち際を走っている。間に合わない! そう思った途端だった。少女が突然、何かに足を取られてひっくり返る。え? まさか瞬? そんなふうに思った途端、
「違う! 違う!」
頭の中に瞬の声が響き渡った。見れば彼はまだ随分後ろを走っている。
――まったく! 相変わらず走るの遅いんだから!
そんな思いと共に再び海の方を向くと、未来はそこで思わず立ち止まってしまった。
――え! あの娘がいない! 嘘! どこに行ったの!!
彼にしてみれば、つい今まで新幹線の中にいて、目の前にはやはり未来の顔があったのだ。
ところが一瞬にして女は消え去り、知らぬ間に新幹線のホームに立っている。
夢でも見ていたのか? そんなことを思っていたところへ、夢である筈がない未来の顔が目の前に現れ出た。
その瞬間、男は何かを言い掛けたのだ。
それは未来への罵声の言葉か、単なる驚きの声だったのか、とにかく何かを言い掛けて、彼は不意に手に何も持っていないことに気が付いた。朝っぱらから飲んでいて、これからが出張であるわけがない。となれば最低一泊はした筈で、新幹線に乗り込むにはそれなりの手荷物があった筈だ。
彼は足元辺りを見回してから、いきなりホームを走り出した。すぐ先にあった階段を駆け下りて、その姿はあっという間に見えなくなった。
男が瞬と重なった時、瞬の思念は男を瞬時に包み込んだ。意識が一気に流れ込み、男の人生すべてが瞬の記憶に刻まれる。途端に身体がグッと重くなって、呼吸がスムーズにできなくなった。口の中が妙にザラつき、なんとも胸が重苦しい。
男の過度のアルコールのせいか、それとも感じた怒りがそうさせたのか? とにかく意識などしないまま、瞬は男の身体に乗り移っていたのだった。
勿論、こんなことは初めてのこと。結果瞬が笑顔を作ろうとすれば、男がぎこちない笑顔を見せる。そして不慣れな身体のまま席に戻って、彼がようやくそこから抜け出ようとした時だった。3人掛けの一番窓側に、十代であろう少女の姿が目に入るのだ。
「で、その子が今にも死にそうだったの?」
「いや、今にも死にそうっていうのとは違うんだけど、ただね、とにかく死が近いってことだけは分かったんだ。だから車内で何か起きるとするなら、男の中にいた方がいいかなって、だからあの娘が新幹線を降りるまでは、我慢してこのままでいようってね……」
それが自殺によるものなのか、新幹線から降りてすぐに事故にでも遭うのか、もしかすると、一寸見ただけでは分からない持病でもあるのかもしれない。
「ただね、とにかく顔が暗くてさ、ずっと外を見てるだけで、目に涙なんか浮かべてるんだ……」
ちょっとした力のかけ具合で、抜け出せることはなぜだかすぐに分かっていた。だから比較的落ち着いて、彼はそのまま少女の様子を窺った。そしてその様子から、岡山で降りそうだと気が付いて、瞬は未来へとそうっと近付く。
「だってさ、あそこで説明してたら、未来だって色々聞いてくるだろ? もし大きな声を上げたりしたら、あの女の子に未来の存在を印象づけちゃうかもしれないし、そうなったら尾行するにしたってやり難くなるしね。だけどホント辛かったよ。男の中にいると、僕まで具合悪くなってくるんだ。まあとにかくさ、彼女が岡山で降りるって分かって、この際だから鞄も携帯も、荷物全部置きっぱなしで降りてやったってわけなんだ」
「瞬にしてはやるじゃない? でも、これからいったいどうするの? このままどこまでも付いていく気? もし自殺なんかじゃなかったら、こんなことしてても助けようがないし、もしかしたら今頃もう、死んじゃってるってこともあるんじゃない?」
そう言い終わった途端、バックミラーに映る目がサッと動いて、未来の視線とぴったり重なる。2人は既に30分以上、例の少女が乗り込んだタクシーを追っかけていた。そして最初は、こそこそと小さな声で話していたのに、次第に声の調子も声高になって……、
「あ、すみません、気にしないでください。わたし独り言すぐ言っちゃうんですよ、だから全然、気にしない方向でお願いします」
未来は運転手にそんな言い訳を声にした。
それから更に15分くらい揺られて、2人は名も知らぬ海岸線でタクシーから降り立つ。少女は既に砂浜を歩いていて、2人は急ぎ足でその後を追った。
ただ距離を取ってタクシーを停めていたせいで、砂浜へ下りる階段まではまだ結構距離がある。ところがそんなところで、不意に少女が後ろを向くのだ。
彼女の目は未来の姿をしっかり捉え、追い掛けてくる! きっとそんなふうに感じたのだろう。いきなり海に向かって一直線に走り始めた。
未来が階段に到達すると、既に少女は波打ち際を走っている。間に合わない! そう思った途端だった。少女が突然、何かに足を取られてひっくり返る。え? まさか瞬? そんなふうに思った途端、
「違う! 違う!」
頭の中に瞬の声が響き渡った。見れば彼はまだ随分後ろを走っている。
――まったく! 相変わらず走るの遅いんだから!
そんな思いと共に再び海の方を向くと、未来はそこで思わず立ち止まってしまった。
――え! あの娘がいない! 嘘! どこに行ったの!!