第5章 現実 - 見知らぬ女(3)
文字数 1,194文字
見知らぬ女(3)
「気が付いたのね! そうなんでしょ!?」
間髪入れずにそう続け、
「ちょっとそこにいて! 絶対に変なこと考えないで! いい! そこでじっとしてるのよ!」
瞬の足元を指差しながらそう言った。そして後ろを向いたかと思うと、鞄をストンと地面に落とし、そのまま一気に走り出す。
いったい何をしようというのか? そんな戸惑いの目を向けていたのは、きっと1分くらいのものだろう。マンション1階にあるコンビニに消えた女性は、すぐにまたその入り口から姿を見せた。それからあっという間に瞬の前へと戻ってきて、手にある袋から買ったばかりの事務用ハサミを取り出した。
「お願いだから、少しそこで見ててくれる?」
そう言った後、大急ぎでパッケージを取り去って、手にしたハサミを耳元に寄せる。
それから、なんと女性が自分の髪の毛を切り始めたのだ。唖然とする瞬の前で、彼女は髪に何度もハサミを入れた。しかしハサミが事務用であるせいか、長い髪は思うように切れてはくれない。まっすぐ切っていこうとしても、切れ目がどんどん横滑りしてしまうのだ。
そして次第に、その顔にイラつきの表情が浮かび上がった。
とうとう目にも涙が浮かび、それでも女性は止めようとしない。
途中ふと、女性がパッと顔を上げ、瞬に向けて何かを言った。
しかし瞬には意味さえ分からず、ただただ女性の行為を見守り続ける。そうして訳も分からない悪戦苦闘が続いた結果、見事なロングヘアーが大変貌を遂げるのだ。瞬はそこで初めて、その行為の意味を窺い知った。
――どうして……?
しかしそう思える理由が、まったくもって理解できない。
――いったい……なぜ?
分かってしまった事実以上に、分からなかったという現実さえが信じられない。
――どうして、分からなかった……?
思わずそう思ってしまう程、瞬の目の前には知った顔があったのだ。
「うまく……いかない……」
再び聞こえたその声は、かなり丸みを帯びてはいた。しかしまさしく、瞬の知ってる声でもあった。
「全然、きれいに切れないよ、瞬……」
「未来……なのか?」
自分の名前を遮るように、彼は間髪入れずに声にする。
「変でしょ……変だよね……?」
すぐに返ったその声は、それでもほんの少しだけ明るく響いた。彼が未来の名を口にした途端、クシャクシャだった顔が微かながら弛緩したのだ。続いて照れたような表情が現れ、ますます彼の知っていた未来の顔に近付いた。
「どうして……?」
それでも決して、彼の知る未来ではない。
どうしてだ? どうして? どうして? どうして? そんな言葉を幾つ並べても、足りないくらいに訳が分からなかった。瞬の知っていた未来は、まさに若々しさに満ち溢れていたのだ。勿論歳だって彼と同じ。
ところがだ。今目にしている未来は、どう見たって同い年には見えようもない。
「気が付いたのね! そうなんでしょ!?」
間髪入れずにそう続け、
「ちょっとそこにいて! 絶対に変なこと考えないで! いい! そこでじっとしてるのよ!」
瞬の足元を指差しながらそう言った。そして後ろを向いたかと思うと、鞄をストンと地面に落とし、そのまま一気に走り出す。
いったい何をしようというのか? そんな戸惑いの目を向けていたのは、きっと1分くらいのものだろう。マンション1階にあるコンビニに消えた女性は、すぐにまたその入り口から姿を見せた。それからあっという間に瞬の前へと戻ってきて、手にある袋から買ったばかりの事務用ハサミを取り出した。
「お願いだから、少しそこで見ててくれる?」
そう言った後、大急ぎでパッケージを取り去って、手にしたハサミを耳元に寄せる。
それから、なんと女性が自分の髪の毛を切り始めたのだ。唖然とする瞬の前で、彼女は髪に何度もハサミを入れた。しかしハサミが事務用であるせいか、長い髪は思うように切れてはくれない。まっすぐ切っていこうとしても、切れ目がどんどん横滑りしてしまうのだ。
そして次第に、その顔にイラつきの表情が浮かび上がった。
とうとう目にも涙が浮かび、それでも女性は止めようとしない。
途中ふと、女性がパッと顔を上げ、瞬に向けて何かを言った。
しかし瞬には意味さえ分からず、ただただ女性の行為を見守り続ける。そうして訳も分からない悪戦苦闘が続いた結果、見事なロングヘアーが大変貌を遂げるのだ。瞬はそこで初めて、その行為の意味を窺い知った。
――どうして……?
しかしそう思える理由が、まったくもって理解できない。
――いったい……なぜ?
分かってしまった事実以上に、分からなかったという現実さえが信じられない。
――どうして、分からなかった……?
思わずそう思ってしまう程、瞬の目の前には知った顔があったのだ。
「うまく……いかない……」
再び聞こえたその声は、かなり丸みを帯びてはいた。しかしまさしく、瞬の知ってる声でもあった。
「全然、きれいに切れないよ、瞬……」
「未来……なのか?」
自分の名前を遮るように、彼は間髪入れずに声にする。
「変でしょ……変だよね……?」
すぐに返ったその声は、それでもほんの少しだけ明るく響いた。彼が未来の名を口にした途端、クシャクシャだった顔が微かながら弛緩したのだ。続いて照れたような表情が現れ、ますます彼の知っていた未来の顔に近付いた。
「どうして……?」
それでも決して、彼の知る未来ではない。
どうしてだ? どうして? どうして? どうして? そんな言葉を幾つ並べても、足りないくらいに訳が分からなかった。瞬の知っていた未来は、まさに若々しさに満ち溢れていたのだ。勿論歳だって彼と同じ。
ところがだ。今目にしている未来は、どう見たって同い年には見えようもない。