賀循   黄門さま漫遊す

文字数 1,618文字

孫皓(そんこうに)に父親を殺され、
それを元帝に蒸し返されて号泣した、賀循(がじゅん)
彼は博識にして清廉、
その言行は全て礼に適ったもの。
その声名は呉エリアのみならず、
遠く中原にまで響き渡る、そんなひとだ。

そんな彼が東晋の三公にまで上りつめた、
ある日のことだ。

廷尉の張闓(ちょうがい)は町の一角に
勝手に門を作ってしまった。
その門を通じてしか人びとは
この一角を行き来できないのに、
門は夜早くに閉まるし、
開くのも朝の遅い時間である。

この一角にかかわりのある人らは
大いに困り、役所に訴え出た。
が、聞き遂げられない。

遂には役所の横の檛登鼓(かとうこ)
市井からの重大な訴訟ごとを
提示するための鼓を鳴らしさえしたが、
それでもだめ。

やがて司空、即ち土木工事関係の
最高責任者である賀循(がじゅん)
任地より破岡(はがん)の地に来ていると聞き、
市民らは連名にて賀循に訴え出た。

賀循は言う。

「窮状はわかった。
 だが、この身では職掌の範囲外なのだ。
 申し訳ないが、関わることはできぬ」

そうなんですよねー。
三公の職掌としては、司徒の範疇。
この辺、例えば韓非子(かんぴし)でも言ってるしね。
「職掌外に手を出す奴は罰する」。
なので、迂闊に関われないのだ。

もちろん人々も、それはわかってる。
けど、けど。

「賀循様に聞き遂げて頂けなければ、
 もう我々に取れる手立てはないのです!」

無理をいわんでくれよ、
賀循は人々に立ち去るよう命じたが、一方
「それとなく尋ねるならできるやも知れぬ」
とは約束した。

このようなことがあったと聞いた張闓。
即、門を壊した。
その上で賀循を方山(ほうざん)まで出迎える。

賀循は張闓を見るなり、言う。

「張闓くん、例の件は知っているね?
 私からどうこう言える話でもないのだが、
 君の一門の名誉を考えると、
 このようなことで名に傷がつくのは
 あまりにも惜しいのではないだろうか」

すると張闓、恥じ入るポーズを取り、言う。

「この小人の不明により、
 庶民らを苦しめておりましたとは!
 まるで気付けておりませんでした、
 その為門は早々に取り壊してございます」



會稽賀生,體識清遠,言行以禮。不徒東南之美,實為海內之秀。
會稽の賀生は體識清遠にして、言行を以て禮とす。徒に東南の美なるのみならず、實に海內の秀たり。
(言語34)

元皇帝時,廷尉張闓在小市居,私作都門,早閉晚開。群小患之,詣州府訴,不得理,遂至檛登聞鼓,猶不被判。聞賀司空出,至破岡,連名詣賀訴。賀曰:「身被徵作禮官,不關此事。」群小叩頭曰:「若府君復不見治,便無所訴。」賀未語,令且去,見張廷尉當為及之。張聞,即毀門,自至方山迎賀。賀出見辭之曰:「此不必見關,但與君門情,相為惜之。」張愧謝曰:「小人有如此,始不即知,蚤已毀壞。」
元皇帝の時、廷尉の張闓は小市の居に在り、私に都門を作り、早きに閉め晚きに開ける。群小は之を患い、州府に詣で訴え、理を得ず、遂には檛登鼓を聞くに至り、猶お判を被らず。賀司空の出でるを聞き、破岡に至らば、連名にて賀を詣で訴う。賀は曰く:「禮官を作すを被徵せる身なれば、此の事には關わらざるなり」と。群小は叩頭して曰く:「若し府君の復た見たらず治むらざれば、便ち訴う所無し」と。賀は未だ語らず、且つ去らしめ、張廷尉に見え當に之に及ばんと為す。張は聞き、即ち門を毀ち、自ら方山に至りて賀を迎う。賀は出でて見て之に辭して曰く:「此れ必ずしも關せるを見ざれど、但だ君が門の情にては、相い為に之を惜しむ」と。張は愧じて謝りて曰く:「小人は此の如く有るを、始めより即ち知らず、蚤くに已にして毀壞す」と。
(規箴13)



張闓
一門、と賀循に言われるだけのことはあり、呉郡張氏のひとではあるようだ。つーかチャンバラシーンのない水戸黄門って感じですねーこれ。けど張闓、その後も全然行状改まったりしてねえんじゃねえのこれ。まあ廷尉の職掌だとか、司空と司徒の守備範囲の違いとか、そう言うのを占えるエピソードとしてはおいしいかもしれない。あと、この町と廷尉(※廷尉自体は中央の所属)の癒着ぶりとかね。怖い怖い。
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