王導26 郗鑒ブチ切れ案件

文字数 1,182文字

郗鑒(ちかん)さま、もともと見識については
秀でていたのだが、それを殊更議論として
他者と戦わせよう、とすることはなかった。

が、晩年に至ると、敢えて談論に
チャレンジするようになった。

にわか仕込みでこそあるものの、
ある程度の経験を積み、
それなりに行けなくもないんじゃね?
と言う位の自信はついてきた。

そこで、そろそろ、と腰を上げる。

というのも郗鑒さま、
その頃の王導(おうどう)さまの振る舞いに、
いろいろ苛ついていた。
なので、今度朝廷で会う事があったら、
この辺りをきっちりと
詰めておかねば気が済まない。

だが相手は清談の大家である。
郗鑒さまのその辺りの意図を察知、
ガンガン矛先を逸らしまくってくる。

そうこうする内に郗鑒さま、
意を全うしきれぬまま
任地に戻らねばならない日を迎えた。

別れのあいさつ。
それが最後のチャンスである。
車を王導さまの邸宅に寄せ、
万感の思いを胸に、挨拶に上がる。

対する王導さまも、髭を跳ね上げ、
厳粛な面持ちで応じる。

「そろそろ、お暇せねばなりません」

そう切り出す郗鑒さまであったが、
言いたいことがあまりにも多すぎ、
却って言葉にならない。

ならばチャーンス。
王導さま、郗鑒さまの挨拶の尻を
掻っ攫い、しゃべくり始めた。

「お互いこの歳になってしまえば、
 あと幾度会えるとも知れませぬな。
 内に秘めた思い、
 洗いざらいしておきたいものです。

 郗鑒殿、どうかちまちまごとを、
 敢えて蒸し返したりして下さいますな」

この期に及んでお小言は勘弁だよー!
という、王導さまからのナメた申し出に、
遂に郗鑒さま、ブチ切れる!

が、あんまりにも気持ちが昂り過ぎ、
結局言葉なんぞ吹き飛んでしまった。

こうして郗鑒さま、王導さまに何も言えず、
帰らざるを得ないのであった。



郗太尉晚節好談。既雅非所經、而甚矜之。後朝覲、以王丞相末年多可恨、每見必欲苦相規誡。王公知其意、每引作它言。臨還鎮、故命駕詣丞相。丞相翹鬚厲色、上坐便言:「方當乖別。」必欲言其所見、意滿口重、辭殊不流。王公攝其次曰:「後面未期。亦欲盡所懷、願公勿復談。」郗遂大瞋、冰衿而出、不得一言。

郗太尉は晚節にして談を好む。既にして雅より經る所非ざるも、甚だ之を矜る。後に朝覲せるに、王丞相の末年に恨むべかるの多きを以て、見ゆるの每、必ずや苦しば相い規誡せんと欲す。王公は其の意を知り、引ける每に它言を作す。鎮に還ぜるに臨み、故に駕に命じ、丞相を詣づ。丞相は鬚を翹げ、色を厲とす。坐に上り、便ち言えらく「方に當に乖別せんとす」と。必ず其の所見を言わんと欲せるも、意は口に滿ちて重く、辭は殊に流れず。王公は其の次を攝いて曰く「後に面せるは未だ期せず。亦た懷ける所を盡くさんと欲す。願わくば、公にては復た談せること勿らんことを」と。郗は遂にして大いに瞋り、冰衿して出て、一言をも得ず。

(規箴14)



うわぁ……王導さまクソ&クソ&クソ……

屁理屈経験値の差、ですのう。
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