謝奕2  フリーダム司馬

文字数 1,659文字

桓温(かんおん)さま、徐州刺史(じょしゅうしし)に赴任。
庾翼(ゆよく)北伐のサポートを期待されていた。

この頃徐州の晉陵(しんりょう)郡では、
謝安(しゃあん)さまの兄、謝奕(しゃえき)が太守となっていた。

やがて庾翼が北伐を
上手く為せぬまま死亡、
桓温さまにその後釜が回ってくる。

荊州刺史としての転属の日が近づくと、
桓温さま、突然謝奕に急接近。

桓温さまは、その任期中、
謝奕とはさほど親しい付き合いを
していたわけでもない。

特に何も考えていない謝奕だったが、
弟の謝拠(しゃきょ)に嫁いでいた(おう)氏は
その意図を察していた。
折りに触れ、謝奕に言う。

「桓温さま、ずいぶん義兄上を
 買っておいでのようですわね。
 これは義兄上も、桓温さまと共に
 荊州に赴くことになりそうですわ」

王氏の見立て通り、桓温さま、
謝奕を軍務系の副官として引き立て、
荊州に同行させた。

とは言え謝奕、転属先でも、
桓温さまに対し、上司だからといって
配慮などと言ったことを全然しない。

桓温さまと公の場で同席しているときも、
帽子から思いっきり額をむき出しにさせ、
何やら歌っている。

まるで今この場も、
プライベートの一幕ですよ、
とでも言わんばかり。

なので桓温さま、
ちょくちょく漏らしていた。

「うちの司馬、マジでフリーダム……」

そのフリーダムさは
日を追うごとにひどくなる。
いつも酒に酔い、
日夜となくべろんべろん。
礼法もクソもあったもんじゃない。

桓温さまが謝奕から逃げるように
執務室に逃げ込めば、
謝奕もそこについて行き、
更に酒をかっくらって
べろんべろんになる。

進退窮まった桓温さまの逃げ込む先は、
正妻、司馬興男(しばこうなん)の部屋。
さすがの謝奕も、
ロイヤルプリンセスの寝所までは
踏み込めないのだ。

だが、そこも桓温さまにとっての
安全地帯ではない。
ほっと一息つく間もなく、
背後には司馬興男の冷たい笑顔。

「あらあら、おまえさま。
 いつもは(しょく)の小娘に
 入れあげていらっしゃるおまえさまが、
 あのドクズ司馬のおかげをもって、
 この私などに
 お目にかかって下さりますなんてね?」



桓宣武作徐州,時謝奕為晉陵。先粗經虛懷,而乃無異常。及桓還荊州,將西之間,意氣甚篤,奕弗之疑。唯謝虎子婦王悟其旨。每曰:「桓荊州用意殊異,必與晉陵俱西矣!」俄而引奕為司馬。奕既上,猶推布衣交。在溫坐,岸幘嘯詠,無異常日。宣武每曰:「我方外司馬。」遂因酒,轉無朝夕禮。桓舍入內,奕輒復隨去。後至奕醉,溫往主許避之。主曰:「君無狂司馬,我何由得相見?」

桓宣武は徐州に作さる。時にして謝奕は晉陵と為る。先に粗そ虛懷を經れど、乃ち常と異なる無し。桓の荊州に還ずるに及び、將に西に之かんとせる間、意氣は甚だ篤し。奕は之れを疑う弗し。唯だ謝虎子が婦の王は其の旨を悟る。每に曰く「桓荊州は殊に異なる意を用う。必ずや晉陵と俱に西せん」と。俄にして奕を引きて司馬と為す。奕の既に上れるに、猶お布衣を推して交わる。溫の坐に在りて幘を岸して嘯詠せるに、常日に異なれる無し。宣武は每に曰く「我が方外の司馬なり」と。遂には酒に因りて、轉た朝夕の禮無し。桓の舍きて內に入れるに、奕は輒ち復た隨いて去き、後に奕の醉の至るれば、溫は主の許に往きて之を避く。主は曰く「君の狂司馬無くば、我れ何れの由にか相い見ゆるを得んか?」と。

(簡傲8)



謝奕
謝玄の父。桓温さまに「司馬として」見込まれるってことは、間違いなく戦の才能はかなりのもんだったはずである。けど「狂司馬」って。こんなドギツい罵り文句、敵にしか使わねえだろ普通w
あと、すっげえどうでもいいんですけど「俄而引奕為司馬奕既上猶推布衣交」の部分読んで、えっなんでこんなとこに海西公いんの!? ってビビったら「~奕為司馬。奕既上~」でしたよ、というオチでした。

謝拠
このひと初めて名前知りました。チャイペディアですら赤字と言う、ひっじょーに存在感の薄い人。宋書にちらっと名前が出る程度で、晋書にはいない。謝安さまの兄弟だってのになぁ……まぁ奥さんが女傑っぽいですし、尻に敷かれてたんでしょうね。とは言えこのひとの孫が謝晦で、劉宋の立役者として立身した末反乱を起こし死亡するのだ。

あと司馬興男のコメントが最高。
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