支遁3  クソ儒者王坦之

文字数 1,034文字

支遁(しとん)が即色論を書いた。
いわゆる、色即是空に関するお話。

ここで色は「モノ」を指し、空は
「あらゆるものを包含する、
 巨大で空疎な空間」
と認識するのがいいのかもしれない。

そして支遁の唱える空が
老荘の言う「道」に接続してきますよ、
とか、まぁ、そんな感じである。

そんなわけで支遁は
清談と仏教とをリンクさせた
格義(かくぎ)仏教」の操り手として
名を馳せていたのだが、
それはともあれ。

支遁、これを王坦之(おうたんし)に見せた。
すると王坦之、何も言わない。

支遁が言う。

「おやおや、あまりの素晴らしさに
 言葉も出ないかね?」

王坦之は答える。

「は? アンタは文殊菩薩(もんじゅぼさつ)か?
 私の心なぞ、
 読めるわけでもあるまいに」


カンジワルイ問いに、
カンジワルイ返答。

そう、どうもこの二人の仲、
かなりよくなかったのである。

けど著作は読んでもらうんすね……。


この論を読んだためにか、
王坦之は支遁を詭弁家と呼んだ。

一方の支遁であるが、
こう語っている。

「薄汚い帽子に粗末な服。
 そんなしみったれた格好で、
 左伝を小脇に抱え、
 鄭玄(ていげん)のあとを追うしか
 能がないのだ!

 まったく、
 あやつはどこのクソゴミ袋だ!」



支道林造即色論,論成,示王中郎。中郎都無言。支曰:「默而識之乎?」王曰:「既無文殊,誰能見賞?」
支道林は即色論を造じ、論の成らば、王中郎に示す。中郎は都べて無言なり。支は曰く:「默して之を識れるか?」と。王は曰く:「既にして文殊無かれば、誰ぞ賞さる能わんか?」と。
(文學35)

王中郎與林公絕不相得。王謂林公詭辯,林公道王云:「箸膩顏帢,(糸翕)布單衣,挾左傳,逐鄭康成車後,問是何物塵垢囊!」
王中郎と林公は絕し相い得たらず。王は林公を詭辯と謂い、林公は王を道いて云えらく:「膩顏の帢、(糸翕)布の單衣を箸き、左傳を挾み、鄭康成を逐いて車後す、是れ何物の塵垢囊なるかを問わん!」と。
(輕詆21)



默而識之
論語から。先達の教えについてあれこれの評論なども加えず、ただ、黙って学ぶ、的な意味。圧倒的な教えを前に、王坦之はただ仰ぎ見るしかなくなったのだな、とか、そんな感じになるだろうか。

鄭玄
後漢の大儒者。そういうひとの言葉のケツにへばりついてなきゃ何にもできねえだろうがこのゴミクソが、ってなもんである。
もともと王坦之は清談を嫌い、儒学を尊んでいたそうなのである。そんなひとであれば、清談の徒である支遁との仲が最悪になるのもやむなし、と言ったところか。にしても「塵垢のふくろ」とか、なんなんだい支遁さんそのクソガキじみた下品な物言い……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み