郗鑒1  シマリス郗鑒さま

文字数 1,039文字

郗鑒さまは永嘉(えいか)の乱が起きた頃、
地元で窮乏していた。

地元の人びとは、日ごろより
郗鑒さまを慕っていたものばかり。
なのでお互いにフォローし合いながら、
何とか郗鑒さまに食事を提供していた。

各人の家で世話になる時、
郗鑒さま、常に二人の幼子を連れていた。
兄の子である郗邁(ちまい)
姉妹の子である周翼(しゅうよく)である。

ある時、地元のものの一人が言う。

「郗鑒さま、申し訳ございません。
 我々とて窮乏にあえぐ中、
 どうにか郗鑒さまだけは、と思い、
 食事を提供いたしております。

 お連れになっているお二方にまでは、
 どうしても用意し切れないのです。

 どうか、
 お諦め下さいませんでしょうか」

残酷な要請である。
だが、言われたとおり、
誰もが地獄のただ中にいる。

なので郗鑒さまも、次からは
一人で出向くようにした。

ただし、提供を受けた物を
食べるふりをしながら、
冬ぞなえのリスの如く、
その両頬に食べ物を押し込み、
飲み込まない。

帰宅してからそれを吐き出すと、
郗邁と周翼に与えるのだった。

こうしたこともあり、二人は
郗鑒さまとともに
長江を渡ることができた。

それから後のこと、
両名はともに出世。
郗鑒さまが亡くなった頃には、
郗邁は中護軍に、
周翼は(しょう)県令にまで至っていた。

周翼は剡県令としての任期を終えると、
郗鑒さまの霊廟の前にござを敷き、
三年もの間、喪服は着ないまでも、
ずっと郗鑒さまのために喪に服した。

三年。
つまり、父親に対する服喪である。



郗公值永嘉喪亂,在鄉里甚窮餒。鄉人以公名德,傳共飴之。公常攜兄子邁及外生周翼二小兒往食。鄉人曰:「各自饑困,以君之賢,欲共濟君耳,恐不能兼有所存。」公於是獨往食,輒含飯著兩頰邊,還吐與二兒。後並得存,同過江。郗公亡,翼為剡縣,解職歸,席苫於公靈床頭,心喪終三年。

郗公は永嘉の喪亂に值い、鄉里に在りて甚だ窮餒す。鄉人は公が名德を以て,傳えて共し之を飴す。公は常に兄の子の邁、及び外生の周翼の二なる小さき兒を攜いて往き食す。鄉人は曰く:「各自の饑困せるに、君の賢を以て、共に君を濟いたるを欲するのみ。恐るらくは、兼ねて存せる所を有す能わざらん」と。公は是に於いて獨り往きて食し、輒ち飯を兩頰が邊に含み著け、還りて吐き、二兒に與う。後に並べて存せるを得、同じく江を過ぐ。郗公の亡ぜるに、翼は剡縣と為り、職を解かれ歸り、苫を公が靈床の頭に席き、心喪して三年を終う。

(德行24)



郗鑒の人望が炸裂しまくってて素敵である。どうでもいいけどそんな立派な方がうっかり変換ミスで「痴漢」になるの、マジでやるせない。
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