第122話 悲しむ人の王様ケーキ(2)
文字数 1,681文字
朝、漫画喫茶で軽くモーニングを食べられた。セルフサービスのものなので、あんまりお美味しくはなかった。
その後、漫画喫茶を後にする。冬なので風も容赦なく冷たい。朝日が眩しく、晴れているのが唯一の救いのように思えたりした。
駅には、通勤の為にサラリーマンやOL風の女性達が吸い込まれているのが見えた。葵のようにダボっとしたジャージのような服装のものもなく、男も女も黒いスーツ姿のものが多い。みんなマスクをしているので、全員同じ様な人間に見えて仕方がない。これが学校という工場で作られた既製品なのだろう。自分は、工場の失敗作品。もう、あの駅の中には入れそうにない事を悟っていた。
時計を見ると、八時過ぎだった。もう両親は、仕事に出掛けているだろう。安心して家に帰れそうだ。
こうして騒がしい駅前から、家のある住宅街の方へ向かった。
時々、黒いスーツを着たサラリーマン風の男女とすれ違う。子供を抱えている人もいる。よく出来た既製品だ。きっと共働きで、子供が二人いる家庭が、この世では完璧に正しい既製品。葵はそんな既製品にはなれそうにもなく、彼らとすれ違うたびに憂鬱で、悲しい気分になった。みんなマスクをつけ、表情も分からない。ますますモノのような既製品に見えてくる。自分の立場も悲しいが、この既製品にも全く憧れは持てなかった。
家の近くの道を歩いている時だった。もう少しで家に辿り着くとホッとしかけていて、油断していた。
「ちょっと、お前。なんでマスクしてないんだよ」
近所に住む、ちょっと訳アリだと噂の老人だった。疫病を異様に怖がり、マスクをしていない人を注意しているらしい。葵のような若い女か子供しかターゲットにしていないらしい。葵もこの老人にたびたび絡まれ、嫌な気分になっていた。マスクは、万が一パニック症状が出た時を考えると、あまりつけたくなかった。一応医者からもつけなくて良いと言われていた。
「おい、答えろよ。なんでマスクしてないんだよ!」
いつもと違い、今日の老人はかなり不機嫌のようだった。ここで言い返すのも怖くなり、一目散に逃げた。あの老人も近所で嫌われているが、自分も似た様なものだ。あの老人は精神がおかしくなったという噂もあるが、だとした自分と同類でもある。あの老人は、将来の自分の姿を見せつけられているようで、より怖くなってきた。自分もこんなおかしい世の中に住み、気が狂う寸前のような感覚を覚えていた。
この世はおかしい。普通に生きているだけでも気が狂いそうに出来ている。何者かが悪意をもって支配しているのではないかと思うと、全部辻褄があう気がした。例えば悪魔みたいな存在が、悪意を持ってこの世を支配しているとしたら、全部辻褄があう。何かがおかしい気がしたが、はっきりと言葉に出来ないモヤモヤ感だけが胸に残る。
老人から逃げたせいで、家から少し離れた道に入ってしまった。気づくと、依田という金持ち一家の前まで来ていた。自分と金持ち一家は全く関係がなく、同じ住宅街でもこの辺りに来るのは久しぶりだった。
「あれ? パン屋?」
依田家の隣には、新しくパン屋ができていた。赤い屋根でクリーム色の壁の小さなパン屋だった。どことなくメルヘンな雰囲気で、妖精でも住んでいそうだった。おかしな世の中にあるパン屋の割には、可愛らしい雰囲気も出ていた。
福音ベーカリーというらしいが、知らないパン屋だった。まだオープンはしていないようで、扉には「close」というプレートも出ていた。キリスマスらしく、扉にはリースも出ていた。煌びやかなリボンや星の飾りもついているリースになんとなく惹かれ、店の前まで見てみた。
開店準備中なのか、パンが焼ける良い匂いもした。これだけでも良い香りで、ずっと嗅いでいたい気分だった。店の前にあるミントグリーン色のベンチに腰を下ろし、いい臭いを胸の中に吸い込んだ。あまりにも良い香りにリラックスしてしまい、うとうとしてしまった。
「お客様!」
気づきと、店員に声をかけられていた。まだ二十歳そこそこの若い店員で、心配そうに葵を見下ろしていた。
その後、漫画喫茶を後にする。冬なので風も容赦なく冷たい。朝日が眩しく、晴れているのが唯一の救いのように思えたりした。
駅には、通勤の為にサラリーマンやOL風の女性達が吸い込まれているのが見えた。葵のようにダボっとしたジャージのような服装のものもなく、男も女も黒いスーツ姿のものが多い。みんなマスクをしているので、全員同じ様な人間に見えて仕方がない。これが学校という工場で作られた既製品なのだろう。自分は、工場の失敗作品。もう、あの駅の中には入れそうにない事を悟っていた。
時計を見ると、八時過ぎだった。もう両親は、仕事に出掛けているだろう。安心して家に帰れそうだ。
こうして騒がしい駅前から、家のある住宅街の方へ向かった。
時々、黒いスーツを着たサラリーマン風の男女とすれ違う。子供を抱えている人もいる。よく出来た既製品だ。きっと共働きで、子供が二人いる家庭が、この世では完璧に正しい既製品。葵はそんな既製品にはなれそうにもなく、彼らとすれ違うたびに憂鬱で、悲しい気分になった。みんなマスクをつけ、表情も分からない。ますますモノのような既製品に見えてくる。自分の立場も悲しいが、この既製品にも全く憧れは持てなかった。
家の近くの道を歩いている時だった。もう少しで家に辿り着くとホッとしかけていて、油断していた。
「ちょっと、お前。なんでマスクしてないんだよ」
近所に住む、ちょっと訳アリだと噂の老人だった。疫病を異様に怖がり、マスクをしていない人を注意しているらしい。葵のような若い女か子供しかターゲットにしていないらしい。葵もこの老人にたびたび絡まれ、嫌な気分になっていた。マスクは、万が一パニック症状が出た時を考えると、あまりつけたくなかった。一応医者からもつけなくて良いと言われていた。
「おい、答えろよ。なんでマスクしてないんだよ!」
いつもと違い、今日の老人はかなり不機嫌のようだった。ここで言い返すのも怖くなり、一目散に逃げた。あの老人も近所で嫌われているが、自分も似た様なものだ。あの老人は精神がおかしくなったという噂もあるが、だとした自分と同類でもある。あの老人は、将来の自分の姿を見せつけられているようで、より怖くなってきた。自分もこんなおかしい世の中に住み、気が狂う寸前のような感覚を覚えていた。
この世はおかしい。普通に生きているだけでも気が狂いそうに出来ている。何者かが悪意をもって支配しているのではないかと思うと、全部辻褄があう気がした。例えば悪魔みたいな存在が、悪意を持ってこの世を支配しているとしたら、全部辻褄があう。何かがおかしい気がしたが、はっきりと言葉に出来ないモヤモヤ感だけが胸に残る。
老人から逃げたせいで、家から少し離れた道に入ってしまった。気づくと、依田という金持ち一家の前まで来ていた。自分と金持ち一家は全く関係がなく、同じ住宅街でもこの辺りに来るのは久しぶりだった。
「あれ? パン屋?」
依田家の隣には、新しくパン屋ができていた。赤い屋根でクリーム色の壁の小さなパン屋だった。どことなくメルヘンな雰囲気で、妖精でも住んでいそうだった。おかしな世の中にあるパン屋の割には、可愛らしい雰囲気も出ていた。
福音ベーカリーというらしいが、知らないパン屋だった。まだオープンはしていないようで、扉には「close」というプレートも出ていた。キリスマスらしく、扉にはリースも出ていた。煌びやかなリボンや星の飾りもついているリースになんとなく惹かれ、店の前まで見てみた。
開店準備中なのか、パンが焼ける良い匂いもした。これだけでも良い香りで、ずっと嗅いでいたい気分だった。店の前にあるミントグリーン色のベンチに腰を下ろし、いい臭いを胸の中に吸い込んだ。あまりにも良い香りにリラックスしてしまい、うとうとしてしまった。
「お客様!」
気づきと、店員に声をかけられていた。まだ二十歳そこそこの若い店員で、心配そうに葵を見下ろしていた。