第12話 優しい蒸しパン(3)
文字数 1,616文字
それから数日たった。
美紅は、ろくなものは食べていなかった。糖質オフのシリアルバーや、野菜ジュース、カロリーゼロのジュースは飲めたが、それ以外は受け付けなかった。
ほぼ断食のような状況で、突然空腹感も感じなくなっていた。体重計に乗ると、一キロ減っていたが、顔色は悪く、目元や口元が皺っぽくなっていたのは、否定できなかった。
「えー、ダイエットしてるのー? ウケるんだけど」
あからさまに美紅の変化に、同じクラスのいじめっ子・原口や江崎の態度が変わると思ったが、特にそんな事はなく、相変わらずクスクス笑われてしまった。
「美紅がダイエットしても、ね?」
「土台がアレだからさ?」
その上、特上級の悪口も言われ、担任の旅行土産のクッキーを、わざと配られないという地味ないじめも継続中だった。
「ちょっと、原口! 江崎! 調子にのんな。菓子もちゃんと配れ! お菓子外しなんて、中年のお局かよ。心はもう意地悪なおアラフィフィなんじゃない? 陰湿過ぎるわ」
光は怒って庇ってくれたわけだが、貧血のような症状が出て、気分が悪くなってしまった。結局、授業は午前中までで終了し、家に帰る事になった。保険室の先生にも、無理なダイエットはやめるよう注意されてしまったが、どうしても素直に聞く事はできなかった。
「長谷部さん、あなたは十分可愛いんだから、ダイエットなんて必要ないよ」
保険室の先生は、かなり優しく励ましてくれたわけだが、美紅は一つも納得できなかった。
「戸田美穂子ちゃんよりも可愛い?」
「えー、あのアイドルの? だめよ、アイドルなんかと比べたら。あの人達は、それがお仕事。整形や修正もしてるから、私達が見ているものは幻のようよ」
そんな事はわかっているが、心は石のように硬くなっていた。どうしても素直に先生の言うことは聞けず、気付くと、猛ダッシュで家に帰っていた。
自宅に帰っても誰もいない。こんな時間だし、多忙な両親がいる時間でもない。
家に帰った途端、お腹がギュルギュルと音を立てていた。
空腹感はあまり感じないが、お腹は確実に減っているようだ。風呂場に直行し、おそるおそる体重計に乗ると、以前よりもニキロも減っていた。
「嬉しい……」
そうは言うが、なぜか全く嬉しく無い。洗面所の鏡の中は、別に憧れのアイドル歌手・戸田美穂子はいないからだった。
確かに少しは、痩せてはきたが、どう見てもややポッチャリ体型の女子高生だった。芸能人のオーラもなく、指先もバラバラで立ち振る舞いも、芋臭さがある。
もしかしたら、単に痩せるだけでは、美穂子にはなれないのかもしれない。そもそも美穂子になって何をしたいのだろう。歌を歌えるわけでも、誰かを勇気づけられるわけでもない。ただ、痩せれば幸せになるという幻を見せられたような気分だった。
情けなく洗面所の床に崩れ落ちてしまった。同時にスマートフォンにSNSの通知が届いている事に気づいた。
それは、美紅にとって想像もしない情報だった。アイドルシンガーの戸田美穂子の不倫スキャンダルの情報だった。既婚者子持ちのプロデューサーと長年、そういった関係だったらしい。どこからかメールやトークアプリのスクリーンショットも流出し、ラブホテルでの露骨な写真も出ていた。その写真には、天使のように可愛らしい美穂子の姿はどこにもなく、売春婦のような表情を見せていた。
ネットでは大炎上中で、美穂子は枕営業の疑惑も出ていた。美穂子の作品も、歌詞を深読みすると下ネタばかりだとか、逆再生するとエロい言葉が聞こえるとか散々な言われようだった。美穂子の作品の多くが配信停止になり、彼女のキャリアも大きく傷がつく結果になっていた。
「そ、そんな…」
あれほど憧れていた美穂子は、別にそうでも無い事に気づいた。自分が追いかけていたものは、幻だった。そう思うと、情け無くてちょっと泣けてきた。
同時にお腹が減った。久しぶりに空腹感を感じていた。
美紅は、ろくなものは食べていなかった。糖質オフのシリアルバーや、野菜ジュース、カロリーゼロのジュースは飲めたが、それ以外は受け付けなかった。
ほぼ断食のような状況で、突然空腹感も感じなくなっていた。体重計に乗ると、一キロ減っていたが、顔色は悪く、目元や口元が皺っぽくなっていたのは、否定できなかった。
「えー、ダイエットしてるのー? ウケるんだけど」
あからさまに美紅の変化に、同じクラスのいじめっ子・原口や江崎の態度が変わると思ったが、特にそんな事はなく、相変わらずクスクス笑われてしまった。
「美紅がダイエットしても、ね?」
「土台がアレだからさ?」
その上、特上級の悪口も言われ、担任の旅行土産のクッキーを、わざと配られないという地味ないじめも継続中だった。
「ちょっと、原口! 江崎! 調子にのんな。菓子もちゃんと配れ! お菓子外しなんて、中年のお局かよ。心はもう意地悪なおアラフィフィなんじゃない? 陰湿過ぎるわ」
光は怒って庇ってくれたわけだが、貧血のような症状が出て、気分が悪くなってしまった。結局、授業は午前中までで終了し、家に帰る事になった。保険室の先生にも、無理なダイエットはやめるよう注意されてしまったが、どうしても素直に聞く事はできなかった。
「長谷部さん、あなたは十分可愛いんだから、ダイエットなんて必要ないよ」
保険室の先生は、かなり優しく励ましてくれたわけだが、美紅は一つも納得できなかった。
「戸田美穂子ちゃんよりも可愛い?」
「えー、あのアイドルの? だめよ、アイドルなんかと比べたら。あの人達は、それがお仕事。整形や修正もしてるから、私達が見ているものは幻のようよ」
そんな事はわかっているが、心は石のように硬くなっていた。どうしても素直に先生の言うことは聞けず、気付くと、猛ダッシュで家に帰っていた。
自宅に帰っても誰もいない。こんな時間だし、多忙な両親がいる時間でもない。
家に帰った途端、お腹がギュルギュルと音を立てていた。
空腹感はあまり感じないが、お腹は確実に減っているようだ。風呂場に直行し、おそるおそる体重計に乗ると、以前よりもニキロも減っていた。
「嬉しい……」
そうは言うが、なぜか全く嬉しく無い。洗面所の鏡の中は、別に憧れのアイドル歌手・戸田美穂子はいないからだった。
確かに少しは、痩せてはきたが、どう見てもややポッチャリ体型の女子高生だった。芸能人のオーラもなく、指先もバラバラで立ち振る舞いも、芋臭さがある。
もしかしたら、単に痩せるだけでは、美穂子にはなれないのかもしれない。そもそも美穂子になって何をしたいのだろう。歌を歌えるわけでも、誰かを勇気づけられるわけでもない。ただ、痩せれば幸せになるという幻を見せられたような気分だった。
情けなく洗面所の床に崩れ落ちてしまった。同時にスマートフォンにSNSの通知が届いている事に気づいた。
それは、美紅にとって想像もしない情報だった。アイドルシンガーの戸田美穂子の不倫スキャンダルの情報だった。既婚者子持ちのプロデューサーと長年、そういった関係だったらしい。どこからかメールやトークアプリのスクリーンショットも流出し、ラブホテルでの露骨な写真も出ていた。その写真には、天使のように可愛らしい美穂子の姿はどこにもなく、売春婦のような表情を見せていた。
ネットでは大炎上中で、美穂子は枕営業の疑惑も出ていた。美穂子の作品も、歌詞を深読みすると下ネタばかりだとか、逆再生するとエロい言葉が聞こえるとか散々な言われようだった。美穂子の作品の多くが配信停止になり、彼女のキャリアも大きく傷がつく結果になっていた。
「そ、そんな…」
あれほど憧れていた美穂子は、別にそうでも無い事に気づいた。自分が追いかけていたものは、幻だった。そう思うと、情け無くてちょっと泣けてきた。
同時にお腹が減った。久しぶりに空腹感を感じていた。