第18話 正しさと焼きそばパン(3)

文字数 3,501文字

 一見、普通のパン屋みたかった。店の中央にある大きなテーブルには、看板通りに焼きそばパンやコロッケパンが大きく展開されていた。他に食パン、あんぱん、塩バターパンなど、日本にある一般的な庶民の味のパン屋のようだった。ただ、薄焼き煎餅のような変なパン、輪型パン、魚の形のしたパンが置いてあった。こう言ったパンは見た事がなく、普通のパン屋とはちょっと違うようだった。三つ編み型の変なパンも特徴的で印象に残る。なぜかベーグルもどっさりとおいてあった。

 店員も普通と違う雰囲気だった。かなりのイケメン。ただのイケメンではなく、浮世離れた雰囲気のイケメンだった。色素が薄いタイプで、目は琥珀色。ふわふわの栗毛が印象的だが、このまま芸能事務所に行ったら、即採用されそう。似ている俳優の名前は思いつかなかったが、基本的にミーハーで芸能人やエンタメ好きな朋花は、イケメン店員が気になって仕方がない。

 パン屋を営業しているには謎だった。パン屋らしく体格は良いようだが、YouTuberにでもなった方が稼げそうだ。生徒の進路相談の為に職業図鑑を調べる事も多いが、パン屋は重労働の割には賃金は安い印象だった。

 パン屋に柴犬がいるのも謎だ。おそらく看板犬だと思われるが、このイケメンの方が全面に出した方が儲かりそう。こんなパン屋があったら、ミーハーな母が放っておかないと思ったが、そんな話題は聞いた事はなかった。おそらく新しく出来た店だと考えられるが、もっと早くこれば良かったと後悔しかけた。

 しかし、そんな事を考えても仕方ない。トレイとトングをつかみ、さっそく焼きそばパンとコロッケパン、食パンやあんぱんをトレイの乗せた。たまにはカロリーも気にせずパンを食べたい。本当は家で夕飯をとるべきだが、イートインスペースで食べたくなった。急にぐるぐるとお腹が鳴いていた。

「店員さん、お会計お願いします」

 レジの方で、トレイを磨いているイケメン店員に声をかけた。彼の白いコックコートの胸元をよく見ると、名前が刺繍してあった。天野蒼という名前らしい。雰囲気にピッタリな名前だった。もし鈴木太郎だったら、ちょっと違和感がある。

「ごめんね。今ある商品、閉店間際で賞味期限近くてさ。タダで貰ってくれない? 何なら他のパンも持って行ってくれてもいいから」
「えー? いいの?」
「いいよ、いいよ。食品ロス出すと、上司に怒られるからね」
「じょ、上司?」
「ここには来ないけど、オーナーがいるんだ」

 上司というかオーナーの事を語る蒼は、妙に誇らしかった。もしかしたら、金持ちの道楽でやってる可能性もあったが、福祉というか利益追求型ではない商売スタイルなのかもしれない。

「でも、お腹ぺこぺこで。イートインスペース借りていい? ダメだった?」

 普段は嫌われるのが怖く、適当に人の顔色を見る朋花だが、蒼については、そういった緊張感は持てなかった。イケメンすぎてかえって色気が全くなく、朋花の中では彼氏としてアリな男性にカテゴライズされていなかった。

「いいよ。ドリンクはお代とるけど、何か飲む?」
「オレンジジュースとかない? 焼きそばパンはジュースがあう気がする」
「そう? じゃあ、イートインの方でちょっと待っててね!」

 朋花はさっそくイートインコーナーに向かった。あの芝犬は、朋花が好きそうだった。朋花がイートインコーナーに入ると、尻尾を振ってやってきた。

「お前、私の事が好き?」
「わん、わーん!」

 懐かれてしまったようだ。イートインスペースの椅子に座っても、ぺったりと側についてきてしまった。

「私、仕事も趣味も彼氏も全部中途半端で意識低いよ?」

 柴犬に言っても伝わらないが、ついつい本音がこぼれる。

「何これ?」

 イートインスペースのテーブルの上には、開きかけの分厚い書物があった。どうも聖書らしい。ミッションスクールでもある学園に勤める朋花は、少し内容は知っている。世間では宗教はイメージは悪いが、聖書は道徳の本という印象だった。開いているページにも、敵を愛せとか、許しましょうとか書いてある。

 さっき見た映画を思い出し、「やっぱり愛と許しが一番だよね!」と思った時、蒼がトレイをもってやってきた。トレイには焼きそばパンと紙コップに入ったオレンジジュースがあった。他のパンは、お持ち帰り用に包んで欲しいと頼んでいたのだった。

「朋花さんも聖書に興味ある?」

 蒼は、嬉しそうに朋花の目の前に座り、聖書のページをめくる。

「別に宗教に興味は無いけど、愛と許しは素晴らしいと思うわー」

 この様子だと蒼はクリスチャンかキリスト教関係者だろう。福音という言葉もキリスト教と関係があったはず。宗教は気持ち悪いが、イケメンだったら別に良いか。意識が低く色々と雑な朋花は、そう結論づけていた。

「そうかな?」

 意外な事に朋花の発言に首を傾げていた。琥珀色の透き通った目を見ていると、本音で言っているように感じる。

「確かに愛と許しは素晴らしい。そういうテーマの映画やドラマだって好き。でも順番を間違えて何でも許すのは、疑問。何でも許してたらカオスになるよ。ぶっちゃけ愛と許しだけだったら、聖書読まなくてもスピリチュアルやればいいよね。神様は全員愛してるけれど、罪がある状態を『あなたは、ありのままでいいよ。正しさなんて人それぞれだよ』なんて認めてないから。罪と悔い改めを語らないスピリチュアルは、耳に心地いいけど、正しさは決して言わないね」

 意外とハッキリと自分の意見を言う蒼に、朋花は目を丸くしていた。

「子供が友達をいじめて傷つけたらダメじゃん、そういうのは怒っていいんだよ。むしろありのままで良いなんて言ったらダメ。反省してない子供は安易に許しちゃダメ」
「そう?」
「うん。なんでも許してたら、逆に子供の方が社会に出てから苦労するよ。聖書的には、神様を馬鹿にしたり、目上の人や親を敬わなかったり、友達を傷つける事に限っては叱っていいんだ。実は聖書で書かれてる神様って超厳しいからね。このシーンとか見て」

 蒼は、聖書のマルコの福音書11章というところを開いてみせた。確かにそこでは、神殿で怒り散らすイエス・キリストの姿があった。神殿で商売をする人間に大暴れしてブチギレていたようだ。

「え!? イメージと違う。優しい神様じゃなかったの? 何でこんなに怒ってるの? 優しいっていうより、頑固親父みたい。しかし怒りながらでも強盗の巣とか言うのはセンス良いね……」
「無条件に何でも許すのは愛じゃ無いからね。許しにもきちんと順番はあるんだよ。善悪も人それぞれじゃなくて、怒っていい時もあるから。聖書にも怒っちゃダメとか書いてないから。聖書の訳のせいで省かれちゃってる所もあるけど」
「うーん、難しい」
「もちろん自分勝手な基準で怒るのはダメ」
「ますます難しい」
「正しさが人それぞれだったら、不倫もいじめも詐欺も全部オッケーになっちゃうよね? 性別も年齢も自称でよくなっちゃうよね? みんなが自分の正しさをゴリ押ししてたら、収集つかない」

 急に話題が難しくなり、朋花は焼きそばパンをちぎって口にいれた。小麦粉だらけなのに、やわらかいパンと焼きそばが妙にマッチする。紅生姜はちょっとヒリヒリとした味に感じてしまったが。

「パン作りは割と自由でさ。こういう糖質だらけの焼きそばパンが生まれるのも面白いよね。最近はたこ焼きパンを開発しようと思ってる」
「へー」

 なぜか話題が、パンにうつった。

「でも、賞味期限切れの材料を使ったり、食品ロス出したり、食中毒出すのは、ダメ。オーナーにそう命令されてる。自由の中にも正しさがあるんだよ。逆に言えば正しさを守れば、あとは好きに自由にやっていいんだ。人の正しさの基準は聖書に書いてあるから、安心、安全の自由が得られるね」
「意味わからない」

 正直、蒼の言っている事は難しかったが、焼きそばパンを食べていると、光の顔が浮かんできた。確か彼女もきっちりと善悪はあるとか言っていた。

「もしかして、私は愛とか自由とか許しの前にすべき事があった?」

 栄養素的には、全く正しく無い自由な焼きそばパンを楽しむ前に、何かすべき事があるような気がした。意識が低く、ミーハーで、色々と雑な朋花だが、それはわかる。

「そうだね。でも大丈夫。聖書に書かれた神様も意外と嫌われてたから。嫌われても大丈夫」
「そうなんだ、意外だね」

 しかし、この柴犬は、朋花にずっと懐いていた。朋花が帰ろうとしてもなかなか腕を離してくれない。こんな柴犬を見てたら、嫌われる事は、どうでも良いのかもしれないと思ったりした。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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