第57話 幸せなラージクリンゲル(3)

文字数 848文字

「パパ、ママ。いつもありがとう。ラージクリンゲルっていう幸せなパンをお裾分けするよ」

 蒼に切り分けて貰ったラージクリンゲルを、まず両親に配った。

「ごめんね。もう占いなんてしないから」

 光がそう言うと、再び両親に軽くハグされた。

「香織さん、酷い事言ってごめんね」

 次に家のキッチンに行き、夕飯の支度をしているお手伝いの香織に誤り、ラージクリンゲルをあげた。

「いいんですよ、お嬢様。でも、もう家出なんてしないでね」
「う、うん……」

 香織にもハグされ、光は本当に泣きそうになってしまった。

 翌日、学校では副担任の朋花にラージクリンゲルをあげた。

「先生、前はけっこうキツい事いってしまってごめんなさい」

 素直に謝る光に、朋花は目を丸くしていた。

「っていうか、このパンどこのパン?」
「家の近くにある福音ベーカリーっていうパン屋です」
「あのイケメンの!」

 朋花は福音ベーカリーの蒼の事を知っているようだった。

「でも、人事異動があるらしくて、しばらく別の人が運営するらしいですよ」
「えー、ショック! あんなイケメン見られなくなるなんて」
「先生、本当イケメン好きですね……」

 光は呆れていたが、朋花のあんまり先生っぽくない大らかさは嫌いではなかった。

 次に教室に行き、友達の美紅や春歌にもラージクリンゲルを配った。

「え!? 光が謝ってる!」

 特に美紅は、しおらしい光に驚きを隠せないようだった。一方春歌は、穏やかに笑っていた。

 蒼に切って貰ったラージグリンゲルは、一つ余ってしまった。教室の隅で不貞腐れている江崎に目をやる。いじめっ子でどうしようもない江崎だったが、今だったら彼女の気持ちも何となくわかる。

「江崎。このパン食べる?」
「え?」
「いつもは、私も気が強くて、色々言い返してごめんね」

 江崎はラージクリンゲルが入ったフードパックを片手に持ちながら、光の変わりように驚いていた。

 こうして全てのラージクリンゲルを配り終えた光の目は、いつもよりキラキラと輝いていた。心の底から幸福を感じているような目だった。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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