第124話 悲しむ人の王様ケーキ(4)完

文字数 1,079文字

 福音ベーカリーに通い始め、数日がたった。いつの間にか年があけ、正月休み明けに店に向かうと、店のテーブルの上に華やかケーキ見たいなパンがあった。

「柊、これ何?」

 いつのまにか柊には、呼び捨てで呼んでいた。同じ歳ぐらいなので、〜さんと呼ぶのも違う気がした。

「これは、王様ケーキだね」
「王様ケーキ?」

 柊は、このケーキについて説明してくれた。ポルトガルのボーロ・レイというケーキで、クリスマス時期に楽しむものらしい。ケーキというが、生地は菓子パンに近い。表面には、緑や赤のドライフルーツもトッピングされ、華やかだ。たしかにクリスマスムードがある。リング状で、巨大なドーナツというより王冠のようにも見えた。

「クリスマス終わったんじゃない?」

 冷静に言うと、厨房の方から紘一が出て来てさらに説明してくれた。クリスマスは正解には1月6日まで祝ってよく、この日はイエス・キリストの誕生を祝う公現祭とも言うらしい。幼子イエスへの東方の三博士の訪問も記念しているそう。確かに店内のクリスマスツリーやリースもそのままだった事を思いだす。さすがにアドベンントカレンダーは撤去されていたが、イートインスペースにいるヒソプも赤い帽子をかぶったままだった。

「それで、ボーロ・レイの注文を受けて焼いていたんだけど、急にキャンセルになってさ。葵さん、僕たちと一緒に食べない? もう正月で客もあんまり来ないしね、もう今日はクローズにして食べよう!」

 柊の提案に断りそこね、イートインスペースで、この王様ケーキを三人で切り分けた。

「あれ? なんか入ってる?」

 葵がケーキにフォークを入れた瞬間だった。カチっとした音がして取り出すと、陶器のマスコットが入っていた。天使の形をした可愛いマスコットだった。

「葵さん、あたりだよ! ボーロ・レイ、あたりつきのケーキなんだよ!」

 なぜか葵よりも柊の方が大興奮して喜んでいた。

「葵さん、おめでとう!」

 紘一は厨房の方から、紙で出来た王冠をもってきて葵の頭の上に載せた。

「今日だけは葵さんが王様だよ。なんでも僕らに命令して良いよ」

 柊の声を聞きながら、この瞬間の自分だけは悲しんでいない事に気づいた。悲しむ人が幸いというにも、間違いないのかもしれない。そう思うと、鼻の奥がツンと痛み、泣きたくなってきた。

 今後も問題が山積みで、自分も欠陥品という自覚はある。共働きで子供が二人いる正しい既製品には、どうしてもなれそうにない。

 それでも、今は確かに慰められていた。自分の悲しみも、この世以外の場所では、違うものに変わっていて欲しい。

 そう、心から願っていた。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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