第79話 休日のツォップ(3)

文字数 1,243文字

 数日後。

 芳乃はバリバリと仕事をこなしていた。ミントは相変わらず、元気は無いようで母から動画や画像が送られてきたが、忙しさにてんてこ舞いになり、ろくに返信もできていなかった。食事もろくに食べられなくなり、ついに土曜日の夜に倒れてしまった。

 救急車で運ばれ、しばらく入院する事になった。過労とストレスで身体のあちこちが慢性的に弱っていたらしい。今はアラサーぐらいの年代の人も、ブラック企業の人も多く、芳乃と同じような病状の人も珍しくないらしい。同じ病室には、SEやアニメーターの女性も入院していた。

 意外と入院生活は快適にだったが、食事は美味しく無い。医者からは栄養をつけろと注意されていたが、出されるスープやおはドロドロで、かえって病気になりそうだった。

 病室の窓からは、赤や黄色に染まった木々の葉が見える。美しい葉の色に少しは心は華やぐが、病院から出される食事を見るだけで、心は暗くなりそうだった。

 母からはミントの情報は相変わらず届いていた。病室のベッドで日々弱っていくミントを見ながら、やっぱり実家に帰るべきなのか、仕事をするべきなのか迷っていた。母からは、これを機会に実家にちょっと帰省しろと言われていたが、頭の中では仕事のタスクが渦巻く。

「芳乃さーん。芳乃さんにお届け物がありますよ。なんか福音ベーカリーというパン屋みたいなんですけど」
「福音ベーカリー?」

 看護師が小さな段ボール箱を片手にやってきた。福音ベーカリーは記憶がある。ミントそっくりの芝犬がいるパン屋だ。宗教関連のパン屋である事は気になったが、あの犬は可愛かった事を記憶していた。

 芳乃は看護師から段ボール箱を受け取る。なぜ荷物が届いたのか。なぜ入院先にパン屋から荷物が届くのかは謎で仕方がないが、とりあえず箱を開けてみた。クール冷凍便のようだし、すぐに開けた方が良い気がした。

 中はパンだった。あの三つ編みのツオップというパンが入っていた。怪しいと思ったが、病院食の不味さから、このパンが気になってしまう。手紙も入っていた。

 あの柊が書いたものらしい。丁寧な綺麗な字だった。あの後、服を買いに店に行ったそうだが、芳乃が入院した事を知り、いても立ってもいられず、パンを送ってしまったという事情が綴られていた。早くよくなってほしい事や、ゆっくり休んでほしい事も書かれていた。

 正直、ちょっと怖いと思ってしまったが、手紙の文字からは誠実さが滲み出ていて、悪意は全く無いようだった。そう言えば地元にいるシスターもよくボランティア活動をしていた。完全な善意で送ってきた事は確かだった。

「何、パン?」

 同じ病室の女性達もパンの匂いのつられて、そばにやってきた。ツォップは案外大きかったので、みんなで分けて食べた。病院食が不味いおかげで、ツォップは妙に美味しかった。フワフワでやわらかく、しっとりとした食感だった。素朴な味わいに、少し涙が出そうだ。

 ミントの顔が目に浮かぶ。

 今の自分に必要なのは、休む勇気なのかもしれない。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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