第21話 隣人と黒パン(2)

文字数 2,801文字

 江崎の事を考えながら、ちょっぴり憂鬱になっていた春歌だったが、この町の中央にある公園に向かっていた。

 穂麦市中央公園といい、森林に囲まれた小さな公園だった。中央には、子牛の像があり、ここにお金を投げると金持ちになるという噂があった。こういうジンクスは、悪霊を呼ぶので、春歌は全く近づかなかった。実際、象の周りは門が開いていて悪霊が行き来すているの見た事がある。地域にはこういった悪霊の門ガバガバな所があり、エクソシストもしている両親はよく門を閉じに行っていた。両親が日本にいる頃は、おかげで悪霊も大人しかったが、今は彼らも海外出張中。ところどころセキュリティがゆるい土地もあった。この公園も悪霊の門が開き、安全ではなかったが、どうも最近、天使がパトロールしているようなので、だいぶ安全になっていた。

 このあたりには、変質者が出ている噂のあり、教会でみんなで祈ったおかげなのかもしれない。

「ミルル、ルルル!」

 春歌は、門の近くでパトロールしている天使に話しかけた。他に誰もいないようだし、小さな頃から顔見知りの天使だった。

 一般的なイメージと違い、天使のミルルとルルルは、赤ちゃんや美女ではない。二人とも筋肉質でヤンキーのような特攻服を着込んでいた。ぱっと見は人間のヤンキーとほぼ変わりない。

 春歌よりもだいぶ体格もよく、コミュニケーションを取るには、ちょっと難しい。もっとも高校生ぐらいになってからは、ミルルもルルルともあんまりコミュニケーションは取れなくなってはいたが。

「ロシアに出張中のママとパパから、ピロシキと黒パンが届いたんだけど、黒パンは美味しく無いんだよね」

 そうは言っても昔からの気やすさで、天使と会話してしまう。側からみたら、完全に電波系女子である。天使や霊が見える事は、両親以外には言った事はない。

『うん、うん』

 昔と違い、ミルルもルルルも春歌の言う事に同意するだけで、会話にならない。おそらく神様から、人と深い接触は止められているのだろう。確かに見えない霊的なものより、隣人を愛する方が大事。その事はわかってはいるが、江崎の事を思い出すと、気分はぐっと重くなってしまう。

「そういえば、マルちゃんってどこに居るか知ってる?」

 子供の頃、マルという天使とよく遊んでいた事を思い出す。仕事大好きでワーカーホリックじみた天使だった。ミルルやルルルと似たような筋肉質で、ヤンキー風特攻服もよく着ていた。悪霊をボコボコにしていた時は、軍隊のような戦闘服や迷彩服も好んで着ていた。天使の仕事はなかなかハードのようだ。

 マルの名前を出すと、ミルルもルルルも顔を見合わせて苦笑していた。

「何? マルちゃん、なんかあった?」

 そう聞いたが、公園に人が入って来たので、天使達との会話はやめた。普通の人から見たら、完全な電波系だ。精神病院に連れて行かれる可能性もあるので、そそくさと公園から退散し、家がある住宅街に帰る事にした。

 一概には言えないが、いわゆる精神疾患は悪霊の攻撃のせいでもあったりする。偶像多いの日本は、家のそばに神社仏閣やカルトの施設があるだけでも精神に影響がある(偶像と宗教の悪霊にターゲットにされ入りやすい)。海外に引っ越して、現地で洗礼を受けたら精神疾患が治ったという証もよく教会で聞いていたので、悪霊の存在を隠す精神医療や薬については完全にアンチだった。実際、偶像の多い日本では精神疾患の患者が多い。自分も両親が牧師じゃなかったら、頭のおかしい人間扱いされ、強制入院されていただろうと思い、身もすくむ。何が精神疾患だなんて医者の権威、人間的な差別で勝手にレッテル貼ってるだ。

「あれ、なんかいい香り」

 住宅街に入ると、パンかお菓子が焼けるような甘い香りがした。家には両親がロシアから送って来た重い黒パンがある。ピロシキは美味しいのに、黒パンは全く美味しくない。それを思うと、美味しいパンでも買って夕飯にしようと考えた。

 この良い匂いは、おそらくパン屋でもあるのだろう。パン屋はこの住宅街には無いはずだが、新しく出来た店かもしれない。春歌は匂いをたどりながら、パン屋を探してみた。

「こんな店あったっけ?」

 気づくと目の前に知らないパン屋があった。隣には教会や、友達の光の家もあった。礼拝の為にこの教会には毎週来てたはずだが、なぜ気づかなかったんだろう。

 パン屋の外観も地味ではなく、メルヘンな雰囲気が漂っていた。赤い屋根にクリーム色の壁、店の前のベンチには、可愛い柴犬がいた。どうやら、看板犬だろう。

 単なるパン屋に見えない。というのも、周りに悪霊が見えないからだ。普通は、どんな店や家でも何匹かウロウロしている。教会もよっぽど祈りで聖霊の壁ができていないと、悪霊がノコノコ邪魔しにやってくる事もある。ここまで悪霊の影響を受けていないパン屋は珍しい。天国から移転でもして来たんだろうかと思ってしまうほどだった。

「なんか、気になる」

 スルーしてもよかったが、店の名前も福音ベーカリー。福音はクリスチャンにとって大事な言葉だ。神様が罪を代わりに背負い、罪から助けてくれたという意味だ。どう考えても神様か天使が関わっているパン屋に見えた。クリスチャンが営業している可能性もあるが、そんな噂も聞いた事がない。

 嫌な予感もしつつも、福音ベーカリーの戸をあけて中に入ってみた。ドアベルがついているようで、チリンチリンと音がする。

「一見、普通のパン屋ね……。あ、でも種無しパンがある」

 店の中の中央にある大きなテーブルのは、食パンやカレーパン、あんぱんなどの定番商品もあったが、薄焼き煎餅のような種無しパン、輪型パンもある。あとツォップという三つ編み型のパンもあった。いずれもキリスト教や聖書に関係の深いパンだった。ベーグルもいっぱいあったが、これはユダヤ人と関係が深かったりする。ジューイッシュライ麦パンまで置いてあったが、全体的に種ありパンの方が多いので、ちょっと苦笑してしまう。台湾式の蒸しパンには、パン種は入っていないと思われるが。

「いらっしゃいませませー。ロールパンが焼きたてですよー」

 そこに焼きたてのパンがのったトレーを手にした店員が現れた。

 ぱっと見、普通のイケメンだった。二十五歳ぐらいの背が高めのイケメンだが、春歌は全く別のものを見ていた。肉はイケメン店員だが、彼の正体が透けてみえてみた。軍人のような戦闘服を着た天使だった。しかも幼い頃からよく知ってる天使だった。

「マルちゃん! やだ、何イケメンのフリしてるの? 懐かしい!」

 イケメン店員は、春歌が幼い頃から知っている天使・マルだった。

「しー、黙って」

 どうやら訳ありのようで、マルは口元に人差し指をさし、ドヤ顔をしていた。このイケメンっぽい姿にキュンとする女性は多いだろうが、春歌にはよく知ってるマルにしか見えなかった
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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