第13話 優しい蒸しパン(4)
文字数 1,903文字
美紅は洗面所の床から立ち上がり、キッチンに向かった。
とりあえず、冷蔵庫や冷凍庫の中見をチェックしてみたが、母が作ったハンバーグやチキンの作り置きやカット野菜、豆腐ぐらいしかなかった。
確かに食欲は減っていたが、肉や野菜は胃が受け付けない。見ていると気分が悪くなってしまった。豆腐は、食べてもいいが、このまま食べるのは、冷たそうでお腹が痛くなりそうだった。
他にもキッチンの棚を漁ってみたが、特に食べられそうなものはなかった。カフェイン入りの紅茶やコーヒーもあまり飲みたくは無い。
それでも、今は何か食べたかった。美穂子という幻が消えた今は、どうしても何か食べたい。でも重いものや冷たいもの、カフェインのあるものは、あまり食べたくはなかった。
ピンポーン。
そう思ったと同時に、チャイムがなった。すぐに玄関に向かうが、誰もいなかった。しかし、玄関先に何かあるのが見えた。大きめなバスケットだった。イースターエッグの卵でも入れるのにぴったりなバスケットだったが、今は5月に近い。もうイースター時期は過ぎている。
「何これ?」
バスケットの中には、蒸しパンと魔法瓶が入っていた。黄色に輝いている蒸しパンは、まるで夜空を照らす満月のよう。
気づくと、もう夕方で本物の月もぼんやりと出ていた。美穂子のネットニュースを漁って見ていたから、時間が大幅に経っていたらしい。
バスケットの中には、小さなメモカードも入っていた。
「依田光さんのご依頼で、蒸しパンと温かいミルクティーをお届けいたします。ミルクティーは、カフェインレスですので、夜に飲んでも安全です。福音ベーカリー店主。って何これ?」
パン屋からのものらしい。カードの裏には、パン屋の住所と簡易地図も載っていた。カードは手書きの丁寧な文字で、書いた人の誠実な人柄が伝わってきた。
とりあえずバスケットを家のリビングに運び、テーブルの上に置いた。
光が何かしたのに違いないが、彼女に連絡を取ろうとしても、繋がらなかった。最近、光は夜に何かやっているようで、連絡が取れない事が多かった。とりあえずバスケットの画像とともに、「こんなの届いた」と、メールは送っておいた。
そっと中にある黄金色の蒸しパンを見てみる。卵たっぷりの蒸しパンのようだ。おそらく台湾式の蒸しパンで、触ると生地ももっちりとしていた。確か台湾式の蒸しパンは、パン種が入っていないらしく、もちもちした食感が特徴的らしい。
鼻にふわりと甘い匂いが届く。
「これだったら食べられそう」
少し勇気はいったが、蒸しパンはどうにか口に入れる事ができた。優しい甘みに、食べていると少し泣きたくなる。ミルクティーも暖かくて美味しい。お腹だけでなく、心も満たされていくようだった。
思えば光には、かなり心配をかけていたのかも。光の顔を思い浮かべながら、ダイエットはやめようと思った。再びスマートフォンを取り出し、光に謝罪のメールを送ると、電話がかかってきた。
「美紅、大丈夫?」
「う、光ごめん。やっぱりダイエットやめる。ちゃんと食べるよ」
「だよね。そうしたほうがいいよ。ところで画像見たんだけど、このバスケット何?」
「え? 光が福音ベーカリーっていうパン屋に依頼して届けてもらったんじゃないの?」
「え!? 知らない、知らない。そんなパン屋知らない」
どういう事?
目の前にバスケットや魔法瓶があるが、ちょっと怖くなってきた。
「でも、私、久しぶりに神様に祈ったんだよ。普段は、神様なんて無視してる不良クリスチャンなのにね。こればっかりは、頼るしか無いのかなーって」
「そ、そうなんだ」
光は確か両親の影響で、日本では珍しいクリスチャンだった。
「たぶん、神様が届けてくれたんじゃない? 確か旧約聖書で、預言者がカラスに養われたエピソードとか、天から食べ物が降ったというエピソードもあった。私は、よく知らないけど、うちのパパとかママは不思議体験多いし、こういう事も無いとは言い切れない」
目の前にあるバスケットを見ていると、ちょっと怖くはなってきたが、確かに光の言う通りかもしれない。ダイエットして死にかけている自分に、誰かが手を差し伸べてくれたとしか思えない。問題は、この福音ベーカリーというパン屋だけど、今は、深く考えない方が良いのかもしれない。
「光、ありがとう」
「うん、今度うちで夕飯食べようよ。香織さんに言っておく。何食べたい? 私は正直なところ、袋に入ったカレーパンとかが食べたいけど」
「本当、光ってバカ舌だねぇ」
「ひどい、バカ舌じゃないから」
冗談を言えるほど、元気になってきた。気づくと美紅は、笑顔を取り戻していた。
とりあえず、冷蔵庫や冷凍庫の中見をチェックしてみたが、母が作ったハンバーグやチキンの作り置きやカット野菜、豆腐ぐらいしかなかった。
確かに食欲は減っていたが、肉や野菜は胃が受け付けない。見ていると気分が悪くなってしまった。豆腐は、食べてもいいが、このまま食べるのは、冷たそうでお腹が痛くなりそうだった。
他にもキッチンの棚を漁ってみたが、特に食べられそうなものはなかった。カフェイン入りの紅茶やコーヒーもあまり飲みたくは無い。
それでも、今は何か食べたかった。美穂子という幻が消えた今は、どうしても何か食べたい。でも重いものや冷たいもの、カフェインのあるものは、あまり食べたくはなかった。
ピンポーン。
そう思ったと同時に、チャイムがなった。すぐに玄関に向かうが、誰もいなかった。しかし、玄関先に何かあるのが見えた。大きめなバスケットだった。イースターエッグの卵でも入れるのにぴったりなバスケットだったが、今は5月に近い。もうイースター時期は過ぎている。
「何これ?」
バスケットの中には、蒸しパンと魔法瓶が入っていた。黄色に輝いている蒸しパンは、まるで夜空を照らす満月のよう。
気づくと、もう夕方で本物の月もぼんやりと出ていた。美穂子のネットニュースを漁って見ていたから、時間が大幅に経っていたらしい。
バスケットの中には、小さなメモカードも入っていた。
「依田光さんのご依頼で、蒸しパンと温かいミルクティーをお届けいたします。ミルクティーは、カフェインレスですので、夜に飲んでも安全です。福音ベーカリー店主。って何これ?」
パン屋からのものらしい。カードの裏には、パン屋の住所と簡易地図も載っていた。カードは手書きの丁寧な文字で、書いた人の誠実な人柄が伝わってきた。
とりあえずバスケットを家のリビングに運び、テーブルの上に置いた。
光が何かしたのに違いないが、彼女に連絡を取ろうとしても、繋がらなかった。最近、光は夜に何かやっているようで、連絡が取れない事が多かった。とりあえずバスケットの画像とともに、「こんなの届いた」と、メールは送っておいた。
そっと中にある黄金色の蒸しパンを見てみる。卵たっぷりの蒸しパンのようだ。おそらく台湾式の蒸しパンで、触ると生地ももっちりとしていた。確か台湾式の蒸しパンは、パン種が入っていないらしく、もちもちした食感が特徴的らしい。
鼻にふわりと甘い匂いが届く。
「これだったら食べられそう」
少し勇気はいったが、蒸しパンはどうにか口に入れる事ができた。優しい甘みに、食べていると少し泣きたくなる。ミルクティーも暖かくて美味しい。お腹だけでなく、心も満たされていくようだった。
思えば光には、かなり心配をかけていたのかも。光の顔を思い浮かべながら、ダイエットはやめようと思った。再びスマートフォンを取り出し、光に謝罪のメールを送ると、電話がかかってきた。
「美紅、大丈夫?」
「う、光ごめん。やっぱりダイエットやめる。ちゃんと食べるよ」
「だよね。そうしたほうがいいよ。ところで画像見たんだけど、このバスケット何?」
「え? 光が福音ベーカリーっていうパン屋に依頼して届けてもらったんじゃないの?」
「え!? 知らない、知らない。そんなパン屋知らない」
どういう事?
目の前にバスケットや魔法瓶があるが、ちょっと怖くなってきた。
「でも、私、久しぶりに神様に祈ったんだよ。普段は、神様なんて無視してる不良クリスチャンなのにね。こればっかりは、頼るしか無いのかなーって」
「そ、そうなんだ」
光は確か両親の影響で、日本では珍しいクリスチャンだった。
「たぶん、神様が届けてくれたんじゃない? 確か旧約聖書で、預言者がカラスに養われたエピソードとか、天から食べ物が降ったというエピソードもあった。私は、よく知らないけど、うちのパパとかママは不思議体験多いし、こういう事も無いとは言い切れない」
目の前にあるバスケットを見ていると、ちょっと怖くはなってきたが、確かに光の言う通りかもしれない。ダイエットして死にかけている自分に、誰かが手を差し伸べてくれたとしか思えない。問題は、この福音ベーカリーというパン屋だけど、今は、深く考えない方が良いのかもしれない。
「光、ありがとう」
「うん、今度うちで夕飯食べようよ。香織さんに言っておく。何食べたい? 私は正直なところ、袋に入ったカレーパンとかが食べたいけど」
「本当、光ってバカ舌だねぇ」
「ひどい、バカ舌じゃないから」
冗談を言えるほど、元気になってきた。気づくと美紅は、笑顔を取り戻していた。