第84話 タラントとコインパン(4)完
文字数 2,039文字
福音ベーカリーのイートインスペースは、小さいながらも居心地のよい雰囲気だった。明るいチェック柄のテーブルクロスがかけられ、一輪挿しもある。壁には、ライトノベル作家の色紙や、聖書の言葉が書かれた色紙も飾ってある。特に聖書の言葉は、かなり達筆に書かれていて、見ていると気が引き締まる。
「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。新約聖書・ヤコブの手紙 1章17節より」と書いてあり、なんとなく背筋が伸びてしまった。
「お待たせしました!」
そこに柊がやってきた。あんぱんの乗った皿と、紙コップに入ったコーヒーを持ってきて、希衣の目の前に座った。
「どうぞ、召し上がれ」
柊が笑顔で言うものだから、思わずあんぱんを食べる。あんこがぎっしりと詰まり、食べ応えがある。薄皮で、ちょっとモチっとした生地も美味しい。
「おいしい!」
「それは良かったよ。まあ、この店のパンはほとんど厨房にいる兄、紘一が作ってるんだよね」
ここで柊は、明らかにしゅんとした表情を見せた。
「なんかあったの?」
「うん。僕はパン作りの才能は無いらしい。ミルクパンぽいコインパンと、ソーダブレッドしか作らせてもらえないんだよ。どっちも基本的なパンだ。で、お兄ちゃんと喧嘩しちゃったんだよね」
ここで、柊は子供のように頬を膨らませた。
「パン作りも下手ってダメだしされるし、もう最悪ー。もうやめよっかな」
そんな柊を見ていたら、自分と重なってしまった。アンチコメントや将来のことにグズグズ悩み、絵を描くことをやめようとしている自分とそっくりだ。鏡を見せられているようで、心がザワザワとする。
ちょうどそこにもう一人の店員がやってきた。柊と違い、体格がいい色黒の男だった。トレイも持っていて、そこにはミルクパンに似たあのコインパンがあった。こうして近くでみると、コインの形に見えなくもない。何より焼きたての良い香りに、希衣の表情も緩んでいた。
「お兄ちゃん!」
「こら、お客様と油売ってるんじゃないよ」
「いいんですよ。私も奢ってもらったし、このあんぱん、美味しいですね」
慌ててもう一人の店員にフォローした。こちらの店員は紘一とい名前らしい。コックコートの胸元には、知村紘一という名前が刺繍されている。おそらく柊とは兄弟だろう。凛々しい眉毛はそっくりだった。
「まあ、柊。さっきは悪かったよ。お前は接客の才能があるってオーナーからも言われていたからな。パン作りの才能ないとか言ってさ」
「いいんだよ。そもそもタラントも行動しなきゃ伸びないよね。諦めずにパン作りも頑張るよ」
兄弟二人は、どうやら仲直りしたらしい。二人は握手を交わしていた。柊が笑顔で頷き、希衣にも視線を向けてきた。
「私も、諦めないで行動した方がいい?」
なんとなくそんな事を二人に聞いてしまった。
「事情はわからないけど、神様は結果だけ見る訳じゃないからね。結果ではなく心を見るから、臆病になってタラント、才能を土に埋めちゃう方が神様の目からは、罪かもしれないよ。真面目な人に朗報だけど、神様は公平なお方だから、恐れて才能を隠す人よりコツコツ真面目に行動した人に微笑むね」
紘一はそう言い、トングで希衣の皿の上にコインパンを置いた。まだ焼きたてで、熱々の雰囲気が伝わってくる。確かにこんな美味しそうなパンを残し、スルーするのが、一番罪深くも感じてしまった。
「このパン、食べてもいい?」
「どうぞ!」
二人に笑顔で勧められ、コインパンをちぎって食べた。まるで生き物のように温かかったが、食べていると、だんだんと気持ちもほぐれてきた。
「うん、僕もパン作り頑張ろう!」
柊はそう言い、コックコートを腕まくりしていていた。その声を聞いていたら、家に帰って早く絵を書きたくなってきた。柊と紘一の姿を見ていたら、また天使の絵を描きたくなってしまった。
その数日後、新人イラストレーターのコンテストのお知らせを知った。ライトノベルのレーベルが募集しているコンテストみたいだった。
前だったら、躊躇してしまう可能性が大きかっただろう。大手出版社が主催していて、応募者も毎回多いらしい。
それでも、チャレンジするだけはやってみたくなった。
もし、タラントが与えられているのなら、土に埋めたくはなかった。
SNSには相変わらず心ないコメントが届くが、フォロワーは増えていた。時々福音ベーカリーのSNSからも投げ銭やいいね!も届く。
「雄々しくあれ、恐れるな。旧約聖書・イザヤ35章4節より。希衣ちゃん、神様も応援してるよ! 頑張って! 福音ベーカリーの柊より」
そんなコメントも届き、新しい一歩を踏み出せそうだった。神様の事や宗教などは、よくわからないが、この言葉は素直に良いと思い始めていた。
また作品が仕上がったら、福音ベーカリーにパンでも買い行こう。あのコインパンは、もう一度食べたくなった。
「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。新約聖書・ヤコブの手紙 1章17節より」と書いてあり、なんとなく背筋が伸びてしまった。
「お待たせしました!」
そこに柊がやってきた。あんぱんの乗った皿と、紙コップに入ったコーヒーを持ってきて、希衣の目の前に座った。
「どうぞ、召し上がれ」
柊が笑顔で言うものだから、思わずあんぱんを食べる。あんこがぎっしりと詰まり、食べ応えがある。薄皮で、ちょっとモチっとした生地も美味しい。
「おいしい!」
「それは良かったよ。まあ、この店のパンはほとんど厨房にいる兄、紘一が作ってるんだよね」
ここで柊は、明らかにしゅんとした表情を見せた。
「なんかあったの?」
「うん。僕はパン作りの才能は無いらしい。ミルクパンぽいコインパンと、ソーダブレッドしか作らせてもらえないんだよ。どっちも基本的なパンだ。で、お兄ちゃんと喧嘩しちゃったんだよね」
ここで、柊は子供のように頬を膨らませた。
「パン作りも下手ってダメだしされるし、もう最悪ー。もうやめよっかな」
そんな柊を見ていたら、自分と重なってしまった。アンチコメントや将来のことにグズグズ悩み、絵を描くことをやめようとしている自分とそっくりだ。鏡を見せられているようで、心がザワザワとする。
ちょうどそこにもう一人の店員がやってきた。柊と違い、体格がいい色黒の男だった。トレイも持っていて、そこにはミルクパンに似たあのコインパンがあった。こうして近くでみると、コインの形に見えなくもない。何より焼きたての良い香りに、希衣の表情も緩んでいた。
「お兄ちゃん!」
「こら、お客様と油売ってるんじゃないよ」
「いいんですよ。私も奢ってもらったし、このあんぱん、美味しいですね」
慌ててもう一人の店員にフォローした。こちらの店員は紘一とい名前らしい。コックコートの胸元には、知村紘一という名前が刺繍されている。おそらく柊とは兄弟だろう。凛々しい眉毛はそっくりだった。
「まあ、柊。さっきは悪かったよ。お前は接客の才能があるってオーナーからも言われていたからな。パン作りの才能ないとか言ってさ」
「いいんだよ。そもそもタラントも行動しなきゃ伸びないよね。諦めずにパン作りも頑張るよ」
兄弟二人は、どうやら仲直りしたらしい。二人は握手を交わしていた。柊が笑顔で頷き、希衣にも視線を向けてきた。
「私も、諦めないで行動した方がいい?」
なんとなくそんな事を二人に聞いてしまった。
「事情はわからないけど、神様は結果だけ見る訳じゃないからね。結果ではなく心を見るから、臆病になってタラント、才能を土に埋めちゃう方が神様の目からは、罪かもしれないよ。真面目な人に朗報だけど、神様は公平なお方だから、恐れて才能を隠す人よりコツコツ真面目に行動した人に微笑むね」
紘一はそう言い、トングで希衣の皿の上にコインパンを置いた。まだ焼きたてで、熱々の雰囲気が伝わってくる。確かにこんな美味しそうなパンを残し、スルーするのが、一番罪深くも感じてしまった。
「このパン、食べてもいい?」
「どうぞ!」
二人に笑顔で勧められ、コインパンをちぎって食べた。まるで生き物のように温かかったが、食べていると、だんだんと気持ちもほぐれてきた。
「うん、僕もパン作り頑張ろう!」
柊はそう言い、コックコートを腕まくりしていていた。その声を聞いていたら、家に帰って早く絵を書きたくなってきた。柊と紘一の姿を見ていたら、また天使の絵を描きたくなってしまった。
その数日後、新人イラストレーターのコンテストのお知らせを知った。ライトノベルのレーベルが募集しているコンテストみたいだった。
前だったら、躊躇してしまう可能性が大きかっただろう。大手出版社が主催していて、応募者も毎回多いらしい。
それでも、チャレンジするだけはやってみたくなった。
もし、タラントが与えられているのなら、土に埋めたくはなかった。
SNSには相変わらず心ないコメントが届くが、フォロワーは増えていた。時々福音ベーカリーのSNSからも投げ銭やいいね!も届く。
「雄々しくあれ、恐れるな。旧約聖書・イザヤ35章4節より。希衣ちゃん、神様も応援してるよ! 頑張って! 福音ベーカリーの柊より」
そんなコメントも届き、新しい一歩を踏み出せそうだった。神様の事や宗教などは、よくわからないが、この言葉は素直に良いと思い始めていた。
また作品が仕上がったら、福音ベーカリーにパンでも買い行こう。あのコインパンは、もう一度食べたくなった。