番外編短編・揚げパン

文字数 973文字

 福沢聖花は、数年前から盲目だった。しかも医者からは原因不明と言われていた。

 聖花は、元々スピリチュアル系のヒーリング業をしていたが、ひょんな事からクリスチャンになり、悔い改めと同時に視力が消えた。ご利益宗教と全く逆で、こういう事は別に珍しくは無いようだった。

 ただ、 盲目になってから、霊的なものは見えるようになってしまい、いわゆる悪霊祓いをやっていた。普段は教会で伝道師の活動もしているが、依頼されればタダで何でもする。

 今日も穂麦市の教会から連絡があり、近所の公園が悪霊の門があるようで、何匹か祓っておいた。

 盲目である事は、不便だが、霊が見えるのは便利だ。天使も見えるので、祈った後は、悪霊の門の近くに彼らが警備しているのも見える。門のそばにいる天使は、イメージと違い、ヤンキーみたいな強そうな奴らだった。

 天使は人間との接触はあんまりしてこないが、近所の美味しいパン屋があるそうなので、行ってみた。福音ベーカリーという名前のパン屋で、おそらくクリスチャンが経営しているパン屋だと察した。

 杖をつきつつ、近隣住民に尋ねながら、福音ベーカリーに向かう。この辺りの住民は、優しく、移動もしやすかった。

 福音ベーカリーは、霊の目で見ると、完璧なほど良かった。日本はどんな場所でも悪霊がいるものだが、周囲は聖霊の火で燃え、完璧に守られている。

「いらっしゃいませ」

 店に入って驚いた。天使が経営しているパン屋だった。人間の姿は全くわからないが、店員は、迷彩服姿の強そうな天使だった。

「いい香りがする。ぶっちゃけ、何にも見えないから、食べ物も見た目はどうでもいいんだけどね」
「今は揚げパンができたてです」
「道理で!」

 聖花は、天使に手を引かれて、イートインスペースで揚げパンを食べた。何も見えないおかげで、揚げパンの匂いや味は、より敏感に感じる。どうもこの食材、普通のものではないようだ。オーガニック素材ではありそうだが、天使が作っているとなると、違うところでも生産された疑惑もある。例えば、天国とか。

「目が見えなくて不便な事はない?」
「それはいっぱいあるわよ。でも、目から入る悪霊は完全封鎖できるのはいいね。うっかりイケメンなんて見ると、心の中で、大興奮だもの」

 そう言って揚げパンを再び咀嚼していると、なぜか目の前の天使は声をたてて苦笑していた。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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