第74話 あんぱんと優等生(2)
文字数 2,261文字
放課後、美嘉は先生から押し付けられた雑用をこなし、ようやく校門を潜り抜けていた。もう日が暮れていたが、自分でもよく仕事をやったと思ったりした。
すっかりお腹が空いている。学校の近くにあるコンビニが目に入ってくるが、校則では寄り道は禁止だ。美嘉はコンビニを横目で見ながら、自宅へ直行した。
家は穂麦市という場所の住宅街にある。普通の二階建ての家で、特に大きくも小さくもない。家族四人で暮らすのには十分だった。穂麦市は駅や学校の近くは新しい商業使節やマンションが出来ている。都心まで電車で一時間ぐらいです行けるので、そこそこ交通の便はいいが、住宅街に入ると静かだ。子供より老人も多く、騒音問題などとは無縁だった。
「ただいまー」
玄関の靴を見ると、母や父はまだ帰っていないようだった。二人とも都心にある化学薬品のメーカーの勤めていた。母は営業職、父母研究員だった。二人とも忙しく、夜十時過ぎに帰ってくる事も珍しくはない。そういう時は姉に夕飯を作ってもらって食べる。玄関には、姉の靴があり、もう大学から帰ってきたんだろう。姉は大学二年生だったが、そろそろ就活の準備もしていた。
「美嘉、お帰り。今日はパパもママも遅いから、私が夕飯作るね」
姉は、台所に立ち、何か作っていた。出汁の匂いがするので、味噌汁だろう。美嘉も手伝うようには、あまり言われない。歳の離れた末っ子なので、家族の中ではペット扱いというか、甘やかされているのは否定できない。
「ただいまー。お腹減ったよ、お姉ちゃん」
「うん、ちょっとテーブルの方で待っててね」
姉に言われた通りに台所と近くの食卓に腰を下ろす。本当は先に制服から部屋着に着替えるべきだが、先にご飯を食べて風呂に入りたかった。今日は体育の時間にいっぱい運動し疲れた。莉央にも嫌味っぽい事を言われて疲れていた。
「あれ?」
ふと、食卓を見ると姉が持ち込んだと思われる本やパンフレット類などがあった。秘書検定やマナー講座のチラシ、メイクの基礎的な説明が書いてある本などもある。
「何これ?」
美嘉は何となく秘書検定の本を捲る。「メイクはマナーですので、必ずしましょう」という所にアンダーラインが引いてあった。
「え」
思わず本をバサリと閉じた。学校の校則とは全く別の事を言っている?
そういえば莉央も似たような事を言っていたような。心がザワザワとする。
何気なくメイクの本も開いてみるが、一見スッピンに見えるようなナチュラルメイクも何回も工程があり、メイクアップアーティストは職人のようだった。眉毛の描き方もまるで絵画のような繊細なバランスを要求している。ファンデーションもベタ塗りはせず、頬だけ塗り、あとは薄づきというのも衝撃的だった。それにファンデーションを塗る前に下地をつける事も驚きだった。下地は種類も多く、自分の肌に合うものを選ぶ必要があるようだ。アイシャドウのグラデーションも、芸術のようで唖然としてしまう。しかも出来上がりは、すっぴん風のナチュラルメイクで、全く意味がわからない。
髪の毛もアイロンをかけたり、巻いたり、スプレーで固めたり、こちらも芸術作品のようで、本当に意味がわからない。
「美嘉、ご飯できたよ」
そこの姉がお盆を抱えてやってきた。姉はざっとテキスト類を片手で片付けると、味噌汁、ご飯、豚肉の炒め物をテーブルの上に置く。美味しそうだが、さっき読んだ本が衝撃的で、食欲が失せてきた。
「さ、食べよう」
「う、うん」
こうして姉妹で夕飯を食べ始めた。美嘉は白米を咀嚼しながらもチラチラと姉の横顔を見る。そういえば今日はメイクをしているような。眉毛が綺麗で、全くボサボサではない。
「お姉ちゃん、メイクって必要?」
「うん、必要だね」
「でも、学校ではメイク禁止だよ。眉毛もいじっちゃいけないし、目を二重にする化粧品すると、絶対ダメって怒られてる子がいた」
なぜか姉は、ここでため息をこぼした。
「学校の校則なんて、社会からズレてるからね。ルールだけ守っていたら、この先詰むよ」
「えー」
美嘉は絶句してしまう。しばらく二人で沈黙しながら夕飯を食べていた。沈黙に耐えられず、テレビをつけると、マスクを外すか外さないべきかと専門家達が議論していた。
「いやぁ、くだらないね。マスクぐらいは自分で判断すべきよー。っていうか真面目にマスクつけてワクチン打った人のが丸っきり損してるじゃん。メディアや政府の言う事鵜呑みにする真面目な人って損ばっかりしてて可哀想〜。自己中心そうな陰謀論者のが得してるとか意味わからないけど、あの人達が言ってる学校教育はカルトで奴隷養成機関っていうのは一理あると思うのよね。うん、学校なんて馬鹿馬鹿しいルールで縛って市井のカルトよりカルトだわ」
姉はそう言うと、ため息をつき、味噌汁をすすっていた。美嘉はその意味も意図も全くわからなかった。
「そうだ、明日は夕飯自分で用意してね」
「え、なんで?」
「メイクアップの専門家の人にレッスン受けようと思うの。ほら、人は見た目が九割だし、就活に向けて別人に擬態しないとね。メイクの技術なんて数日じゃつかんのよ。こういう生きるのに役立つ事を学校で教えてくれれば良いのにね」
姉が言っている事の意味が全くわからない。もはや呪文だ。
人は見た目が九割?
そんなのは、教科書に書いてないし、校則でも言われた覚えは無いのだが。
「私はメイクやった方がいいの?」
「美嘉はまだ子供だから良いの」
はぐらかされてしまい、美嘉の心の中にモヤモヤが降り積もっていった。
すっかりお腹が空いている。学校の近くにあるコンビニが目に入ってくるが、校則では寄り道は禁止だ。美嘉はコンビニを横目で見ながら、自宅へ直行した。
家は穂麦市という場所の住宅街にある。普通の二階建ての家で、特に大きくも小さくもない。家族四人で暮らすのには十分だった。穂麦市は駅や学校の近くは新しい商業使節やマンションが出来ている。都心まで電車で一時間ぐらいです行けるので、そこそこ交通の便はいいが、住宅街に入ると静かだ。子供より老人も多く、騒音問題などとは無縁だった。
「ただいまー」
玄関の靴を見ると、母や父はまだ帰っていないようだった。二人とも都心にある化学薬品のメーカーの勤めていた。母は営業職、父母研究員だった。二人とも忙しく、夜十時過ぎに帰ってくる事も珍しくはない。そういう時は姉に夕飯を作ってもらって食べる。玄関には、姉の靴があり、もう大学から帰ってきたんだろう。姉は大学二年生だったが、そろそろ就活の準備もしていた。
「美嘉、お帰り。今日はパパもママも遅いから、私が夕飯作るね」
姉は、台所に立ち、何か作っていた。出汁の匂いがするので、味噌汁だろう。美嘉も手伝うようには、あまり言われない。歳の離れた末っ子なので、家族の中ではペット扱いというか、甘やかされているのは否定できない。
「ただいまー。お腹減ったよ、お姉ちゃん」
「うん、ちょっとテーブルの方で待っててね」
姉に言われた通りに台所と近くの食卓に腰を下ろす。本当は先に制服から部屋着に着替えるべきだが、先にご飯を食べて風呂に入りたかった。今日は体育の時間にいっぱい運動し疲れた。莉央にも嫌味っぽい事を言われて疲れていた。
「あれ?」
ふと、食卓を見ると姉が持ち込んだと思われる本やパンフレット類などがあった。秘書検定やマナー講座のチラシ、メイクの基礎的な説明が書いてある本などもある。
「何これ?」
美嘉は何となく秘書検定の本を捲る。「メイクはマナーですので、必ずしましょう」という所にアンダーラインが引いてあった。
「え」
思わず本をバサリと閉じた。学校の校則とは全く別の事を言っている?
そういえば莉央も似たような事を言っていたような。心がザワザワとする。
何気なくメイクの本も開いてみるが、一見スッピンに見えるようなナチュラルメイクも何回も工程があり、メイクアップアーティストは職人のようだった。眉毛の描き方もまるで絵画のような繊細なバランスを要求している。ファンデーションもベタ塗りはせず、頬だけ塗り、あとは薄づきというのも衝撃的だった。それにファンデーションを塗る前に下地をつける事も驚きだった。下地は種類も多く、自分の肌に合うものを選ぶ必要があるようだ。アイシャドウのグラデーションも、芸術のようで唖然としてしまう。しかも出来上がりは、すっぴん風のナチュラルメイクで、全く意味がわからない。
髪の毛もアイロンをかけたり、巻いたり、スプレーで固めたり、こちらも芸術作品のようで、本当に意味がわからない。
「美嘉、ご飯できたよ」
そこの姉がお盆を抱えてやってきた。姉はざっとテキスト類を片手で片付けると、味噌汁、ご飯、豚肉の炒め物をテーブルの上に置く。美味しそうだが、さっき読んだ本が衝撃的で、食欲が失せてきた。
「さ、食べよう」
「う、うん」
こうして姉妹で夕飯を食べ始めた。美嘉は白米を咀嚼しながらもチラチラと姉の横顔を見る。そういえば今日はメイクをしているような。眉毛が綺麗で、全くボサボサではない。
「お姉ちゃん、メイクって必要?」
「うん、必要だね」
「でも、学校ではメイク禁止だよ。眉毛もいじっちゃいけないし、目を二重にする化粧品すると、絶対ダメって怒られてる子がいた」
なぜか姉は、ここでため息をこぼした。
「学校の校則なんて、社会からズレてるからね。ルールだけ守っていたら、この先詰むよ」
「えー」
美嘉は絶句してしまう。しばらく二人で沈黙しながら夕飯を食べていた。沈黙に耐えられず、テレビをつけると、マスクを外すか外さないべきかと専門家達が議論していた。
「いやぁ、くだらないね。マスクぐらいは自分で判断すべきよー。っていうか真面目にマスクつけてワクチン打った人のが丸っきり損してるじゃん。メディアや政府の言う事鵜呑みにする真面目な人って損ばっかりしてて可哀想〜。自己中心そうな陰謀論者のが得してるとか意味わからないけど、あの人達が言ってる学校教育はカルトで奴隷養成機関っていうのは一理あると思うのよね。うん、学校なんて馬鹿馬鹿しいルールで縛って市井のカルトよりカルトだわ」
姉はそう言うと、ため息をつき、味噌汁をすすっていた。美嘉はその意味も意図も全くわからなかった。
「そうだ、明日は夕飯自分で用意してね」
「え、なんで?」
「メイクアップの専門家の人にレッスン受けようと思うの。ほら、人は見た目が九割だし、就活に向けて別人に擬態しないとね。メイクの技術なんて数日じゃつかんのよ。こういう生きるのに役立つ事を学校で教えてくれれば良いのにね」
姉が言っている事の意味が全くわからない。もはや呪文だ。
人は見た目が九割?
そんなのは、教科書に書いてないし、校則でも言われた覚えは無いのだが。
「私はメイクやった方がいいの?」
「美嘉はまだ子供だから良いの」
はぐらかされてしまい、美嘉の心の中にモヤモヤが降り積もっていった。