第１３４話　開店

　俺は、神様に仕える天使だった。といっても地位も低く、平社員といっていい。もっと言えば社畜。神様の為に喜んで社畜をやっていた。

　ミカエル先輩やガブリエル先輩なんかも超忙しいらしい。もう終末っぽいから、天使の仕事も増えているようだった。いつ神様が地上に戻ってこられるかは、僕もミカエル先輩もガブリエル先輩も知らない。父なる神様しか知らない情報なので、●●月●●日に再臨とか言っているのは、偽預言者と見て良いだろう。もっとも終末期には、こういった糞みたいな偽預言者は増えるらしい。聖書で預言されている。

　ちなみに天使は人間のクリスチャンより地位が低い。それぐらの身分や権威があるのだが、気づいていないクリスチャンも多いっぽい。また、天使達がノンクリスチャンの為に特別なメッセージを送る事は限りなく少ない。神様に導かれる為にそういった仕事をする事もあるが霊媒師、占い師、スピリチュアル系の人間には、天使はわざわざ接触しないし、まして金儲けのネタになるようなメッセージを与えたりはしないので、注意していただきたい。

　あ、少し話はずれてしまった。本題に戻す。

　俺は、人間の肉体を持ち、地上で仕事をする事もあった。人間の時の名前は橋本瑠偉。最近は、コンビニ店員のフリをしながら、クリスチャンを見守ったりしていたのだが、今度はパン屋の店長をする事になった。

　元々はマル、いや人間の時の名前が天野蒼という天使が、運営していたパン屋だ。蒼はアホだと思うぐらいのワーカーホリックだったが、本業が暇になり、副業でそんなパン人屋をやっていた。案外、近隣の住民に好評のようで、蒼は客のお悩み相談などをし、いのちのパンとも呼ばれる聖書の御言葉を人間に伝えていたらしい。本当は牧師やクリスチャンの役目でもあるが、日本は宗教嫌いな人も多いし、こんな風にお手伝いをやっているようだった。

　蒼の本業が忙しくなったら、次は柊や紘一という二人の天使がパン屋を経営していた。二人もなかなか頑張ってパン屋をやっいたが、人事異動があり、俺がパン屋の店長をやる事になった。

　なぜパン屋？

　俺は器用で意外と何でも出来ちゃうタイプで、他にも得意な事がある。特に悪魔を一発で仕留めるスナイパー業務が得意だった。悪魔や悪霊の警備も俺たち天使の仕事だったりする。

　最初は納得いかなかったが、元店長の蒼にみっちりとパン作りに技術を仕込まれ、神様にも褒められて、すっかりその気になっていた。案外職人的な仕事も向いているのかもしれない。それに蒼も時々店を手伝ってくれるそうだし、頼もしい相棒もいる。

　見せてにいる柴犬のヒソプだった。ちょっと落ち着きもないヤツだが、すっかり俺に懐き、可愛い。とても可愛い。ヒソプの為にも頑張ろうと思ったりする。

　いやいや、本来の目的は訪れる客の笑顔や癒しの為だ。それに、いのちのパンも同時に与えられたら、これ以上幸いな事はない。

「よし！　開店準備できたぞ」

　パン屋、福音ベーカリーは焼きたてのパンの匂いに包まれていた。甘くて香ばしい匂いだ。店の中央にあるテーブルには、食パン、あんぱん、クロワッサンなどの人気メニューはもちろん、ツォップや種無しパンなど聖書と関係あるものも並んでいる。製品のポップにも聖書の御言葉を忍ばせたり、店内の絵やハガキ、色紙なんかもさりげなく聖書関連のものを匂わせていた。日本人は宗教嫌いだから、このぐらい控えめなのが良いだろう。

　もっとも日本人は「神様」自体は好きだ。すごい人やモノを「神」と呼んだり、「神様」が出てくる小説や漫画も人気だったりする。特にライト文芸というジャンルは、「神様」の話もいっぱい出版されているのに、我々の神様についてはガン無視されているのは、ちょっと涙が出そうだね。確かにクリスチャンや各種宗教派閥は、気持ち悪い部分も多いが、全知全能の神様について知る事自体はマイナスにはならないと思うんだ。

　聖書を読めば、神様のお手伝いという仕事も出来るし、神様の花嫁にもなれちゃったりする。その点は、なんだか物語の主役みたいだよね。聖書に書かれるあなた＝私と言い換えて読んでもいいんだよ。

「さあ、ヒソプ。開店だよ」

　俺はイートインコーナーで寛いでいるヒソプの背を撫で、店のドアに向かう。

　さっそくドアに「Open」いうプレートを掲げた。

　春の優しい日差しが店にも入り込んでいた。