第162話 忍耐とプレスニッツ(3)
文字数 2,285文字
それから一週間がたった。ちょうど金曜日の夜、誕生日パーティーを開く事になった。恵も学校から帰ってきたら、家のリビングを飾り付け、料理の準備を手伝った。
ちょうど今の時期はイースターなので、折り紙でひよこやうさぎを折り、リビングのテーブルや壁に飾った。あと、雑貨屋で買ってきた卵の飾りもリビングに置き、すっかり華やか雰囲気になる。本当はエッグハントもやりたかったが、家族三人でやっても準備が大変だろうという事で、それはやらない事になった。恵の住む家は、駅前にある新しいマンションの一室だ。騒いでご近所の迷惑になる事は、我慢した方が良いだろう。
テーブルの上は続々と出来上がった料理で埋められていく。母が作ったピザ、シーザーサラダ、フレンチフライやチキン。普段は食べられないご馳走ばかりで、恵の口の中はヨダレでいっぱいになってしまう。
「さあ、恵。席に座ってパパを待ちましょう」
「うん、ママ!」
恵は母に言われた通り、リビングのテーブルの席についた。父は仕事帰りに福音ベーカリーによって、プレスニッツを引き取ってきてくれるらしい。プレスニッツの他にも鳩型コロンバンや茹で派手な卵パンも予約したので、恵は父の帰りが楽しみだった。
父はいつもより少し早く帰ってきてくれた。父は税理士事務所で働いている。努力して税理士になった。メガネをかけ、見るからに真面目そうなルックスだった。どちらと言えばチャランポランで明るい性格の恵は、母に似ただろうと言われていた。
「ただいま!」
父は両手に紙袋を持っていた。少々重そうだが、福音ベーカリーで予約注文したものだ。さっそく母が皿に載せ、テーブルの上はかなり華やかになっていた。
プレスニッツは想像以上に大きく、本当に直径三十センチはありそうだった。恵は大きなドーナツ、母は王冠、父は太いドーナツを丸めたものと、それぞれ違う感想を述べていた。
「王冠よ。確かいイタリアで食べた時は、復活祭のパンで、イエス・キリストの茨の冠を模ったものって聞いたわ」
母にここまで言われると、ドーナツ説やソーセージ説が消える。そう言えばイエス・キリストは、図書館にある偉人の漫画で見た事がある。確かに十字架にかけられている時は、チクチクした茨城の冠を頭に乗せられていた。その偉人漫画は、最後まで読まずに飽きたので、なぜイエス・キリストがこんな目にあったのかは謎だったが。
「まあ、パパ、恵も、食べましょう!」
そんな事を考えていると、母がパンっと手を叩いた。この音があいずになるかのように、父と母からバースディソングを歌ってもらい、シャンパンで乾杯をした。
「誕生日おめでとう!」
「ありがとう!」
今年の誕生日も、祝ってもらい、恵の胸はいっぱいになっていたが。
「でも、恵。調子に乗ったら、ダメよ。ピアノ教室もちゃんと行くのよ?」
「そうだぞ。お前が自分からやりたいって言うから、月謝を出しているんだからな」
そうは言っても、父と母にきっちりと釘を刺された。恵は、居心地が悪くなり、リビングのテレビをつけた。
ちょうどニュースをやっていて、最新技術が紹介されていた。それは、特殊な機械を腕につけると、一流ピアニストの技術を利用できるというものだった。ピアノなんて弾いた事もないタレントが、この最新技術を試していてピアノを弾いていた。「手が勝手に動く!」と大騒ぎしていた。
恵は興奮してテレビに釘付けになっていたが、父も母も苦い顔だった。特に父は、真っ向から反対意見を述べている。
「いや、こんなんでピアノ弾けて面白いか? 日々努力してゴールに到着するから、面白いんであってさ。プロのピアビストにも失礼だな。努力のタダ乗りじゃないか。最低だな」
「そうよね。もし機械でピアノが弾けても、筋肉とかどうなるの? プロの指遣いなんて、素人が安易に再現なんてしたら、怪我するんじゃない? 腱鞘炎とかにもなりそうじゃない? 私はこんなのは、使わないね」
父と母に両方に反対され、この技術についてワクワクした気持ちは一瞬で消えてしまった。とりあえず、テーブルの上のご馳走を食べる。ピザやチキン、フレンチフライもおいしく、この最新技術の事は、とりあえずスルーする事にしたが、そんな事を言われてしまうと、ピアノ教室も真面目に行った方が良い気もしてきた。
あらかたご馳走も食べ終え、最後にプレスニッツを切り分け、みんなで食べる事になった。パリっと軽めの記事や大人っぽい洋酒の香りがする。ご馳走でお腹はいっぱいのはずだったが、再び口の中がヨダレでいっぱいになってくる。
「確かに茨の冠に見えるね。神様の十字架への道も簡単ではなかっただろうね」
父はプレスニッツを見ながら、しみじみと呟いていた。
「パパ、どういう事?」
「うん? この福音ベーカリーの店員さんとちょっと世間話ししたんだよ。あの店員さん、クリスチャンみたいで、十字架の事とか教えてもらったよ。いや、想像以上に酷い刑罰だよ。俺はクリスチャンじゃないけど、何となくイースターを祝いたくなったね」
その父の言葉に、母も深く頷いていた。
「確かにこんな目に遭った神様は、日本にはあんまりいないわよね」
「ママ、パパ。なんか気になってきた。神様って何?」
しかし、二人とも答えてはくれなかった。安易に人に答えを聞くより、自分で本を読んだり、調べなさいという。福音ベーカリーの瑠偉に聞いても良いかもしれない。そんな事を考えながら食べるプレスニッツは、甘さ控えめで、より大人な味に感じてしまった。このパンも、三日坊主では決して出来ないだろうと思ったりした。
ちょうど今の時期はイースターなので、折り紙でひよこやうさぎを折り、リビングのテーブルや壁に飾った。あと、雑貨屋で買ってきた卵の飾りもリビングに置き、すっかり華やか雰囲気になる。本当はエッグハントもやりたかったが、家族三人でやっても準備が大変だろうという事で、それはやらない事になった。恵の住む家は、駅前にある新しいマンションの一室だ。騒いでご近所の迷惑になる事は、我慢した方が良いだろう。
テーブルの上は続々と出来上がった料理で埋められていく。母が作ったピザ、シーザーサラダ、フレンチフライやチキン。普段は食べられないご馳走ばかりで、恵の口の中はヨダレでいっぱいになってしまう。
「さあ、恵。席に座ってパパを待ちましょう」
「うん、ママ!」
恵は母に言われた通り、リビングのテーブルの席についた。父は仕事帰りに福音ベーカリーによって、プレスニッツを引き取ってきてくれるらしい。プレスニッツの他にも鳩型コロンバンや茹で派手な卵パンも予約したので、恵は父の帰りが楽しみだった。
父はいつもより少し早く帰ってきてくれた。父は税理士事務所で働いている。努力して税理士になった。メガネをかけ、見るからに真面目そうなルックスだった。どちらと言えばチャランポランで明るい性格の恵は、母に似ただろうと言われていた。
「ただいま!」
父は両手に紙袋を持っていた。少々重そうだが、福音ベーカリーで予約注文したものだ。さっそく母が皿に載せ、テーブルの上はかなり華やかになっていた。
プレスニッツは想像以上に大きく、本当に直径三十センチはありそうだった。恵は大きなドーナツ、母は王冠、父は太いドーナツを丸めたものと、それぞれ違う感想を述べていた。
「王冠よ。確かいイタリアで食べた時は、復活祭のパンで、イエス・キリストの茨の冠を模ったものって聞いたわ」
母にここまで言われると、ドーナツ説やソーセージ説が消える。そう言えばイエス・キリストは、図書館にある偉人の漫画で見た事がある。確かに十字架にかけられている時は、チクチクした茨城の冠を頭に乗せられていた。その偉人漫画は、最後まで読まずに飽きたので、なぜイエス・キリストがこんな目にあったのかは謎だったが。
「まあ、パパ、恵も、食べましょう!」
そんな事を考えていると、母がパンっと手を叩いた。この音があいずになるかのように、父と母からバースディソングを歌ってもらい、シャンパンで乾杯をした。
「誕生日おめでとう!」
「ありがとう!」
今年の誕生日も、祝ってもらい、恵の胸はいっぱいになっていたが。
「でも、恵。調子に乗ったら、ダメよ。ピアノ教室もちゃんと行くのよ?」
「そうだぞ。お前が自分からやりたいって言うから、月謝を出しているんだからな」
そうは言っても、父と母にきっちりと釘を刺された。恵は、居心地が悪くなり、リビングのテレビをつけた。
ちょうどニュースをやっていて、最新技術が紹介されていた。それは、特殊な機械を腕につけると、一流ピアニストの技術を利用できるというものだった。ピアノなんて弾いた事もないタレントが、この最新技術を試していてピアノを弾いていた。「手が勝手に動く!」と大騒ぎしていた。
恵は興奮してテレビに釘付けになっていたが、父も母も苦い顔だった。特に父は、真っ向から反対意見を述べている。
「いや、こんなんでピアノ弾けて面白いか? 日々努力してゴールに到着するから、面白いんであってさ。プロのピアビストにも失礼だな。努力のタダ乗りじゃないか。最低だな」
「そうよね。もし機械でピアノが弾けても、筋肉とかどうなるの? プロの指遣いなんて、素人が安易に再現なんてしたら、怪我するんじゃない? 腱鞘炎とかにもなりそうじゃない? 私はこんなのは、使わないね」
父と母に両方に反対され、この技術についてワクワクした気持ちは一瞬で消えてしまった。とりあえず、テーブルの上のご馳走を食べる。ピザやチキン、フレンチフライもおいしく、この最新技術の事は、とりあえずスルーする事にしたが、そんな事を言われてしまうと、ピアノ教室も真面目に行った方が良い気もしてきた。
あらかたご馳走も食べ終え、最後にプレスニッツを切り分け、みんなで食べる事になった。パリっと軽めの記事や大人っぽい洋酒の香りがする。ご馳走でお腹はいっぱいのはずだったが、再び口の中がヨダレでいっぱいになってくる。
「確かに茨の冠に見えるね。神様の十字架への道も簡単ではなかっただろうね」
父はプレスニッツを見ながら、しみじみと呟いていた。
「パパ、どういう事?」
「うん? この福音ベーカリーの店員さんとちょっと世間話ししたんだよ。あの店員さん、クリスチャンみたいで、十字架の事とか教えてもらったよ。いや、想像以上に酷い刑罰だよ。俺はクリスチャンじゃないけど、何となくイースターを祝いたくなったね」
その父の言葉に、母も深く頷いていた。
「確かにこんな目に遭った神様は、日本にはあんまりいないわよね」
「ママ、パパ。なんか気になってきた。神様って何?」
しかし、二人とも答えてはくれなかった。安易に人に答えを聞くより、自分で本を読んだり、調べなさいという。福音ベーカリーの瑠偉に聞いても良いかもしれない。そんな事を考えながら食べるプレスニッツは、甘さ控えめで、より大人な味に感じてしまった。このパンも、三日坊主では決して出来ないだろうと思ったりした。