第150話 焼き餅と土に埋めたタラント(4)完

文字数 2,421文字

 福音ベーカリーは、学校の近くの住宅街にあった。コンビニの裏にある。でも、コンビニは売り上げが悪いのか、明日で閉店だとセールをやっていた。

 セールをやっていると言っても、もう棚はほとんど空で、客もいないようだった。そんなコンビニを横目で見つつ、福音ベーカリーの前に立つ。

 赤い屋根にクリーム色の壁が印象的なベーカリーだった。もう日が暮れていて、店終いの時間に近いのか、店からは良い匂いはしなかった。

 店の前にある黒板式の看板を見ると、神様のイラストが描いてある。微笑ましい漫画ティストの絵で、梨華は思わず笑ってしまった。確かにこの絵は下手だったが、可愛らしさはある。自分は、デッサンや技術的な事をこだわり過ぎていたと気づき、肩の荷が降りてきた。こういう絵も偶像崇拝だとケチをつけるクリスチャンも教会で見た事があるが、可愛い絵を見ていたら、どうでも良くなってきた。

 店に入ると、なぜか柴犬に熱烈歓迎を受けてしまった。

「こら、ヒソプ! 大人しくしようね」

 柴犬はヒソプという名前らしい。なぜか自分に懐いてきたが、すぐに店員がやってきて、引き剥がされた。

「わーん」

 ヒソプは不満気な声をあげ、イートインスペースの方に座りにいく。このパン屋は小さいながら、イートインスペースもあるようだった。テーブルが二つ、椅子が四つある。テーブルは、可愛いチェック柄のクロスがかけられ、イースターらしくヒヨコのマスコットも飾ってあった。

「うちのヒソプがすみません。お詫びの焼き餅、シャオピンの試食はいかがですか? 中華風のお焼きといったパンですね」

 店員は、試食をすすめてきた。どちらといえば、テーブルに上の売り物のパンが気になったが。殻ごとゆで卵が埋まっていてカラースプレーもトッピングされやたらと派手なパンだったが、試食をすすめられたら、断れそうにない。

 梨華は試食用のそれを受け取り、食べてみた。フカヒレ餡が濃厚な味わいで、生地もカリッとしていて美味しかった。嫉妬しまくっていた自分は、このパンにも何か意味がある気もしたが、普通に美味しかった。

 店員は里帆が言ったようにイケメンだった。黒髪で、黒い目が印象的だが、やはり落ち着いて声が一番特徴的だろうか。年齢は二十五歳ぐらいだが、実年齢はもう少し若い可能性もありそうだった。名前は、橋本瑠偉という。白いコックコートにはそう刺繍がされてある。

「店員さん、イートインスペースで、食べられる? この焼き餅とか」
「ありがとございます! さっそく少し温めて持っていきましょう。飲み物は?」
「コーヒーあります?」
「ええ。少々お待ち下さい」

 梨華は金を払い、イートインスペースで待つ。ヒソプは、何が嬉しいのか梨華が来ると、尻尾を振って近づいてきた。どうやら懐かれてしまったようだが、今は柴犬でさえ、好かれるとちょっと嬉しくなってしまった。

「お待たせしました」

 瑠偉はパンとコーヒーを持ってくると、梨華の目の前に座った。

「え? 何?」
「ちょっと話しません? 大丈夫?」

 そに声があまりにも優しくて、梨華は泣くのを堪えるほどだった。

「あの、私。結構陰湿な事を、同じ絵を描く人にやったり……。私も絵を描いているんですけど……」

 涙を堪えながらも、どうにか話す。

「すごい嫉妬しちゃって。タラントを取り上げられても仕方がない」

 ついつい、弱音もこぼしてしまった。目の前には、美味しそうな焼き餅があるが、やっぱりジェラシーとか嫉妬という言葉が浮かんでしまう。この焼き餅は、何も悪くないのに。

「希衣ちゃんの事だよね?」
「希衣の事知ってるの?」
「このパン屋の常連さんだし、悩みは色々聞いててね」

 瑠偉にも、希衣にも自分のやっていた事がバレていたようだ。そう思うと、より泣きたくなってくる。

「希衣ちゃんも寝ずに絵を描いてるし、タラントの例え話の通り、恐れてぼーっとしてる人より行動してする方が、才能伸びるよね」
「希衣も寝ずに絵を描いてるの?」
「うん。学校の勉強しながらだと、そうなりますねー」

 一方自分は、SNSの希衣の悪口に「いいね!」を押す事しかしていない。結果に差がつくのは、タラント云々は関係なくても、常識的に考えて当然だったのかも知れない。

「私、もう遅いかな?」
「ま、ちゃんと自分の罪を認めて悔い改めて。その才能だって、神様の為に使おうと思えば、絶対大丈夫だから。そこは希衣ちゃんには無いところだよ?」
「そうかな……」
「うん。人の才能は全部神様からのもの。本当は神様の為に使うのが一番安全な運用方法なんだね。まあ、人それぞれ役割も違うんだから、比較してメンタル悪くしてたら、勿体ないですよ」

 再び泣きたくなってきた。自分の行動が叱られるかもしれないと思ったが、逆に許されていると感じ、余計に泣きたくなってきた。

「でも、今、手の調子が悪くて」
「うーん。表の黒板の絵は描けない?」

 瑠偉はそう言って、外から黒板式の看板を持ってきた。描いてある絵を一旦消し、梨華にチョークを渡す。

 描けるかどうかわからなかったが、とりあえず手を動かした。

「あ!」

 少し手を動かしたら、突然息を吹き返したように、滑らかに動き始めた。このまま勢いで、イエス・キリストの絵を描く。かちかちとチョークのリズミカルな音が響く。本調子ではないが、漫画風の神様の絵が出来上がる。

「上手じゃないですか!」

 瑠偉はパチパチと拍手し、ヒソプも嬉しいのか興奮して吠えていた。

 どうやら手は治ったみたいだ。今後は、悪口に「いいね!」を押さず、こんな風に誰かに喜んで貰う為に、この手を使った方が良いのだろう。

 土に埋めて取り上げられていたタラントだったが、全てが奪われていたわけでは無いようだった。神様の憐れみかもしれないと思うと、ぽろっと涙が溢れてしまった。神様の為にこの手を使うのが一番かもしれない。

「わん!」

 ヒソプの鳴き声を聞きながら、希望が戻ってきた事に気づいていた。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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