第11話 優しい蒸しパン(2)
文字数 2,075文字
美紅が通っている聖マリアアザミ学園は、いわゆるお嬢様学校だった。元々は、キリスト教系のミッションスクールだったが、今はいつの間にか近隣住民からは、お嬢様学校扱いされていた。穂麦市という静かで小さな町の中心部にあり、駅から数分でつくので立地は良い。
校舎は老朽化し、近年建て替えの予定もあるらしいが、美紅が卒業後の話らしい。校舎内には、年頃に若い娘達で溢れ、なんとも言えない賑やかさはあった。制服も一歩間違えると女性アイドルの衣裳のようなセーラー服で、地味ではなかった。
「美紅、おはよう!」
朝、教室に入ると、親友の依田光に声をかけられた。光とは、幼稚園の頃からの親友だった。父親は健康食品会社の社長、母親は美容研究家という超がつくほどのお嬢様だった。穂麦市の住宅街の一角には、彼女の大きな家があった。
見た目もかなり美人だった。黒髪ストレートヘアがよく似合い、大きな黒い目は可愛い猫でも連想させた。背も高めで、背筋もスッと伸び、スタイルも良い方だった。
「あ、光。おはよう」
「朝から数学だるいよねー」
そんな事を言いつつ、教室の席についた。今は運のいい事に光と隣の席だった。しかも窓際の一番後ろで、天国みたいな席だった。
「うん? 美紅、どうしたの? 何か顔色悪くない? 朝ごはん、ちゃんと食べた?」
長年、付き合いにある光には朝ごはんを抜いた事はすぐにバレた。
「実はちょっと、ダイエットしていてさ」
「えー、必要ないって。美紅は私と違って可愛い系だから、いいんだよ」
美紅は笑顔を作っていたが、内心カチンときてしまった。光のようなスタイルのいい美人には、自分の悩みなどわからないんだと可愛く無い事を思ってしまう。
チラリと光の腕や指先を見てみる。ほっそりとしていて、今にも折れそうだ。派手目な制服もよく似合っている。それに引き換え、自分の腕の逞しさって一体……。
「私は、別に熱心なクリスチャンじゃないけどさー。うちのママによると、神様は人間全員の容姿を決めて産まれさせたらしいよ。神様視点では女性は全員美人で尊いらしい。神様の花嫁なんだって。そんな別人のようにならなくてもいいんじゃない? 私もガリガリだけど、ママやパパに悪く言われた事もないから、別にいいかーって感じで」
「そうかなー」
光なりに一生懸命励ましてくれるのは、伝わってくるが、お腹が減って頭がぼーっとしてきた。そういえば自分は、両親に外見を褒められた事もないので、光の言う言葉も何となくヒリヒリ感じてしまった。
「もしかして、原口とか江崎とかに悪口言われた? もう許せん、今度こそしばく」
「ちょ、光、そうじゃないから、やめて」
今にも同じ教室にいる原口や江崎に攻撃を仕掛けようとしている光に、美紅は必死に止めらた。原口や江崎は、クラスの中でも気の強いいじめっ子だった。成績が悪い女子達で、しょっちゅう先生に怒られている。光や美紅が成績上位者だと発表されると、露骨に嫌味を言ってくる。それだけなら、気の強い光が言い返すから良いのだが、時々連絡事項を無視したり、担任の旅行のお土産をわざと配らなかったり、陰湿なお局のようないじめをしていた。「弁当のサイズの割に、ポッチャリ系だねー?」と遠回しに嫌味を言われた事があった。その事も、今回のダイエットをさせる動機になったといえば、間違いではない。
「まあ、とにかくダイエットはやめた方がいいよ。うちでご飯食べる? お手伝いの香織さんも美紅に会いたがっていたよ」
光の家には、遠部香織というお手伝いが一人いた。初老の女性だが、おっとりと優しい人物で、美紅も好きだったが、作る料理がべらぼうに美味しく、今はあまり近づきたくない。
「いや、それは大丈夫だから」
「パンでも食べる? と言っても、さっき購買で買った焼きそばパンだけど」
光は、カバンから袋に入ったパンを取り出した。大手メーカーの焼きそばパンで、カロリーは知りたくも無い系のものだ。光はお嬢様だが、バカ舌で、袋に入ったパンやスナック菓子なども好きだった。最近はコオロギまで食べたい等といい出し、必死に止めた。美味しいものも家でいっぱい食べてるそうだが、庶民的な味が好きらしく、袋パンが一番の大好物だった。
差し出された焼きそばパンは、袋越しでも輝いているように見えた。一言で言えば「今すぐ食べたい」。別に袋パンは別段好きでは無いが、こうして目の前に出されると、どうしてもも「食べて」と誘惑された気分になってしまった。
「いや、ありがとう。でも、今は……」
「そっかー。食べたくなったら、いつでも言って? 私さ、本当にこういう添加物どっさりの袋パンって大好きなんだよね。パン屋で売ってるパンより美味しいと思うんだけど、どう思う?」
ちょうど、その時担任が入ってきてホームルームが始まった。
お腹はぐるぐると鳴っていた。気分も貧血にならみたいで気持ち悪いが、我慢しよう。
美穂子みたいになりたい。天使みたいに細くて華奢な体型になりたい。
いや、美穂子みたいにならなくちゃ?
なぜか義務感が芽生え始めていた。
校舎は老朽化し、近年建て替えの予定もあるらしいが、美紅が卒業後の話らしい。校舎内には、年頃に若い娘達で溢れ、なんとも言えない賑やかさはあった。制服も一歩間違えると女性アイドルの衣裳のようなセーラー服で、地味ではなかった。
「美紅、おはよう!」
朝、教室に入ると、親友の依田光に声をかけられた。光とは、幼稚園の頃からの親友だった。父親は健康食品会社の社長、母親は美容研究家という超がつくほどのお嬢様だった。穂麦市の住宅街の一角には、彼女の大きな家があった。
見た目もかなり美人だった。黒髪ストレートヘアがよく似合い、大きな黒い目は可愛い猫でも連想させた。背も高めで、背筋もスッと伸び、スタイルも良い方だった。
「あ、光。おはよう」
「朝から数学だるいよねー」
そんな事を言いつつ、教室の席についた。今は運のいい事に光と隣の席だった。しかも窓際の一番後ろで、天国みたいな席だった。
「うん? 美紅、どうしたの? 何か顔色悪くない? 朝ごはん、ちゃんと食べた?」
長年、付き合いにある光には朝ごはんを抜いた事はすぐにバレた。
「実はちょっと、ダイエットしていてさ」
「えー、必要ないって。美紅は私と違って可愛い系だから、いいんだよ」
美紅は笑顔を作っていたが、内心カチンときてしまった。光のようなスタイルのいい美人には、自分の悩みなどわからないんだと可愛く無い事を思ってしまう。
チラリと光の腕や指先を見てみる。ほっそりとしていて、今にも折れそうだ。派手目な制服もよく似合っている。それに引き換え、自分の腕の逞しさって一体……。
「私は、別に熱心なクリスチャンじゃないけどさー。うちのママによると、神様は人間全員の容姿を決めて産まれさせたらしいよ。神様視点では女性は全員美人で尊いらしい。神様の花嫁なんだって。そんな別人のようにならなくてもいいんじゃない? 私もガリガリだけど、ママやパパに悪く言われた事もないから、別にいいかーって感じで」
「そうかなー」
光なりに一生懸命励ましてくれるのは、伝わってくるが、お腹が減って頭がぼーっとしてきた。そういえば自分は、両親に外見を褒められた事もないので、光の言う言葉も何となくヒリヒリ感じてしまった。
「もしかして、原口とか江崎とかに悪口言われた? もう許せん、今度こそしばく」
「ちょ、光、そうじゃないから、やめて」
今にも同じ教室にいる原口や江崎に攻撃を仕掛けようとしている光に、美紅は必死に止めらた。原口や江崎は、クラスの中でも気の強いいじめっ子だった。成績が悪い女子達で、しょっちゅう先生に怒られている。光や美紅が成績上位者だと発表されると、露骨に嫌味を言ってくる。それだけなら、気の強い光が言い返すから良いのだが、時々連絡事項を無視したり、担任の旅行のお土産をわざと配らなかったり、陰湿なお局のようないじめをしていた。「弁当のサイズの割に、ポッチャリ系だねー?」と遠回しに嫌味を言われた事があった。その事も、今回のダイエットをさせる動機になったといえば、間違いではない。
「まあ、とにかくダイエットはやめた方がいいよ。うちでご飯食べる? お手伝いの香織さんも美紅に会いたがっていたよ」
光の家には、遠部香織というお手伝いが一人いた。初老の女性だが、おっとりと優しい人物で、美紅も好きだったが、作る料理がべらぼうに美味しく、今はあまり近づきたくない。
「いや、それは大丈夫だから」
「パンでも食べる? と言っても、さっき購買で買った焼きそばパンだけど」
光は、カバンから袋に入ったパンを取り出した。大手メーカーの焼きそばパンで、カロリーは知りたくも無い系のものだ。光はお嬢様だが、バカ舌で、袋に入ったパンやスナック菓子なども好きだった。最近はコオロギまで食べたい等といい出し、必死に止めた。美味しいものも家でいっぱい食べてるそうだが、庶民的な味が好きらしく、袋パンが一番の大好物だった。
差し出された焼きそばパンは、袋越しでも輝いているように見えた。一言で言えば「今すぐ食べたい」。別に袋パンは別段好きでは無いが、こうして目の前に出されると、どうしてもも「食べて」と誘惑された気分になってしまった。
「いや、ありがとう。でも、今は……」
「そっかー。食べたくなったら、いつでも言って? 私さ、本当にこういう添加物どっさりの袋パンって大好きなんだよね。パン屋で売ってるパンより美味しいと思うんだけど、どう思う?」
ちょうど、その時担任が入ってきてホームルームが始まった。
お腹はぐるぐると鳴っていた。気分も貧血にならみたいで気持ち悪いが、我慢しよう。
美穂子みたいになりたい。天使みたいに細くて華奢な体型になりたい。
いや、美穂子みたいにならなくちゃ?
なぜか義務感が芽生え始めていた。