第34話 天使の休日とイチゴジャム(2)
文字数 2,191文字
先輩天使・天野蒼が営んでいる福音ベーカリーは、住宅街の中に埋もれるようにあった。
穂麦市という静かで小さな町の住宅街で、老人も多いようだった。静かで良い土地だが、神様を信じるクリスチャンの数も少なく、百人もいない。依田光のようなサンデークリスチャンも居るので、敬虔なものは片手で数えられるほどだった。おかげでこの町は、悪霊の門がガバガバな所もあり、霊的には「静かに良いところ」とは一概に言えなかった。
店の裏口に面する道にトラックを止め、さっそく蒼を呼んだ。まだ朝の五時だったが、蒼は仕事をしていて、パンの仕込み作業を鬼のようにこなしていた。
「先輩ー。ワーカーホリックすぎません?」
紘一はパン屋に小麦粉、バター、砂糖などを運び終えると、仕事中毒になっている蒼に話しかけた。ワーカーホリックとカタカナで言うとカジュアルだが、日本語でそう言うと、ブラック企業臭がしてしまう。
「そう?」
「そうっすよ!」
店の厨房で、蒼に仕事を休むように力説する。よく見ると、こんな会話中にも蒼は手を止めず、ロールパンの表面に卵黄を塗っていた。
「ミルル、いや、紘一こそ、休み取ったら?」
「いやいや、それは先輩の方っすよ。それに神様も先輩のこと、心配していましたから」
そう言うと、はじめて蒼は表情を変えた。やはり、神様のことを言われると弱いらしい。
「いや、でもね? 天界に里帰りしてもやることないんだよね。天界にいると、賛美隊に混じって歌いたくなるんだよな」
「わかるー、わかる。っていうか、納得すんな、俺。だったら、こうしません? 俺が休みの日に休みません? 俺、地上のことはよく知らないので、美味しい食べもにとか教えてくださいよ」
実は地上の食べ物は、天界のものに比べれば、美味しくはない。ただ、人間の創意工夫を感じられるメニューは気になる。パンでも、焼きそばパンやコロッケパンなど、奇想天外のものは、見ていると楽しい。
「そうか、それなら、休暇をとってもいいか」
「そうですよ。どうせ、本業の方も暇なんでしょ?」
「うん。私の担当の光は、びっくりするほど祈らないし、聖書も読まない」
ここで蒼が、ウンザリしたような表情を見せた。今の人間の肉体は、繊細そうな青年だが、中見はちょっと強いところもあった。メンタルが弱いと悪魔や悪霊と戦う事もできず、この仕事も務まらない。
「じゃあ、来週の木曜日あたりの休むよ」
「よっしゃ! 人間界の美味しくれ珍しいものでも教えてくださいよ」
「いいけど、このたこ焼きパンの試食はどう思う? どこか改善の余地はあるかな?」
休暇を取る決意をして嬉しくなったのも束の間、蒼は試作品のたこ焼きパンの事を語り、紘一にも試食をすすめてきた。
コッペパンにたこ焼きが挟まり、上にマヨネーズがどっさりと入っていた。クレイジーな見た目に、紘一は若干引くが、先輩の手前、試食は拒否できない。一口、クレジーなパンを食べて見る事にした。
「うーん、これは生地が喧嘩すてます。たぶん、コッペパンの生地が甘いのが問題ですね」
「なるほど」
蒼は紘一の感想を、せっせとノートにメモしていた。根からの仕事人間のようだ。本当に来週の木曜日に、休暇を取るのか疑問に思うほどだった。
「コッペパン以外のパンが良いかもしれませんね。例えばハンバーグのパンズなんかはどうっすか?」
「それもやってみたんだけど、イマイチでね。良い閃きがない」
「だったら、余計に休暇をとりましょう。視点を変えたら、ひらめきがあるかもしれません」
「そうだね!」
ここでようやく蒼は、休む事に深く納得してくれたようだった。
「ところで、悪霊の門番の仕事はどうだい?頑張ってるって聞いたよ」
ちょっと頼りない先輩ではあるが、こうして褒められると、紘一も素直に嬉しくなってしまう。
「ええ。そっちは順調です。でも隣の飽原市はヤバいですね。あっちは神社仏閣が多いので、悪霊の門がガバガバなんっす。占いの悪霊が行き来しておりまして、隣の市のものは注意が必要かもしれません」
「そうか。でも、あっちもクリスチャンが超少ないんだよな。祈ってくれないと、こちらも動けない」
蒼は悔しそうに奥歯を噛んでいるようだった。本来なら悪霊もボコボコに滅ぼしたいものだが、神様に止められていた。あくまでも自由意識で、悪魔か神様か選ばなければならない。だから、神様も悪魔や悪霊の動きもある程度放置していた。洗脳や強制ではなく、自分の意思で神様の方を選んで欲しいようだった。
「その占いの悪霊のおかげか、隣の市では新たの占い師もぽこぽこ増えているようで」
「そっか…。それは、困ったね……」
ここでようやく蒼は、作業する手を止めて、顎に手をやっていた。
「でも、先輩? うちらは所詮、縁の下の力持ちです。いくら占いの悪霊がヤバいと思っても、神様の指示が無ければ、どうしようも無いです」
「だよね……」
蒼は複雑な表情を浮かべていたが、こればっかりはどうしようも無い。
「じゃあ、俺はこれから一旦天界に戻ります」
「ありがとう。またよろしく」
「ええ。なんか次は先輩のご褒美、神様がスペシャルなご褒美を用意しているらしいですよ」
「本当?」
「ええ。俺も詳しくは聞かされておりませんが」
悪霊の話題で暗くなりかけていた蒼だったが、はじめて笑顔を見せた。やはり、我々は神様という言葉に限りなく弱いようだった。
穂麦市という静かで小さな町の住宅街で、老人も多いようだった。静かで良い土地だが、神様を信じるクリスチャンの数も少なく、百人もいない。依田光のようなサンデークリスチャンも居るので、敬虔なものは片手で数えられるほどだった。おかげでこの町は、悪霊の門がガバガバな所もあり、霊的には「静かに良いところ」とは一概に言えなかった。
店の裏口に面する道にトラックを止め、さっそく蒼を呼んだ。まだ朝の五時だったが、蒼は仕事をしていて、パンの仕込み作業を鬼のようにこなしていた。
「先輩ー。ワーカーホリックすぎません?」
紘一はパン屋に小麦粉、バター、砂糖などを運び終えると、仕事中毒になっている蒼に話しかけた。ワーカーホリックとカタカナで言うとカジュアルだが、日本語でそう言うと、ブラック企業臭がしてしまう。
「そう?」
「そうっすよ!」
店の厨房で、蒼に仕事を休むように力説する。よく見ると、こんな会話中にも蒼は手を止めず、ロールパンの表面に卵黄を塗っていた。
「ミルル、いや、紘一こそ、休み取ったら?」
「いやいや、それは先輩の方っすよ。それに神様も先輩のこと、心配していましたから」
そう言うと、はじめて蒼は表情を変えた。やはり、神様のことを言われると弱いらしい。
「いや、でもね? 天界に里帰りしてもやることないんだよね。天界にいると、賛美隊に混じって歌いたくなるんだよな」
「わかるー、わかる。っていうか、納得すんな、俺。だったら、こうしません? 俺が休みの日に休みません? 俺、地上のことはよく知らないので、美味しい食べもにとか教えてくださいよ」
実は地上の食べ物は、天界のものに比べれば、美味しくはない。ただ、人間の創意工夫を感じられるメニューは気になる。パンでも、焼きそばパンやコロッケパンなど、奇想天外のものは、見ていると楽しい。
「そうか、それなら、休暇をとってもいいか」
「そうですよ。どうせ、本業の方も暇なんでしょ?」
「うん。私の担当の光は、びっくりするほど祈らないし、聖書も読まない」
ここで蒼が、ウンザリしたような表情を見せた。今の人間の肉体は、繊細そうな青年だが、中見はちょっと強いところもあった。メンタルが弱いと悪魔や悪霊と戦う事もできず、この仕事も務まらない。
「じゃあ、来週の木曜日あたりの休むよ」
「よっしゃ! 人間界の美味しくれ珍しいものでも教えてくださいよ」
「いいけど、このたこ焼きパンの試食はどう思う? どこか改善の余地はあるかな?」
休暇を取る決意をして嬉しくなったのも束の間、蒼は試作品のたこ焼きパンの事を語り、紘一にも試食をすすめてきた。
コッペパンにたこ焼きが挟まり、上にマヨネーズがどっさりと入っていた。クレイジーな見た目に、紘一は若干引くが、先輩の手前、試食は拒否できない。一口、クレジーなパンを食べて見る事にした。
「うーん、これは生地が喧嘩すてます。たぶん、コッペパンの生地が甘いのが問題ですね」
「なるほど」
蒼は紘一の感想を、せっせとノートにメモしていた。根からの仕事人間のようだ。本当に来週の木曜日に、休暇を取るのか疑問に思うほどだった。
「コッペパン以外のパンが良いかもしれませんね。例えばハンバーグのパンズなんかはどうっすか?」
「それもやってみたんだけど、イマイチでね。良い閃きがない」
「だったら、余計に休暇をとりましょう。視点を変えたら、ひらめきがあるかもしれません」
「そうだね!」
ここでようやく蒼は、休む事に深く納得してくれたようだった。
「ところで、悪霊の門番の仕事はどうだい?頑張ってるって聞いたよ」
ちょっと頼りない先輩ではあるが、こうして褒められると、紘一も素直に嬉しくなってしまう。
「ええ。そっちは順調です。でも隣の飽原市はヤバいですね。あっちは神社仏閣が多いので、悪霊の門がガバガバなんっす。占いの悪霊が行き来しておりまして、隣の市のものは注意が必要かもしれません」
「そうか。でも、あっちもクリスチャンが超少ないんだよな。祈ってくれないと、こちらも動けない」
蒼は悔しそうに奥歯を噛んでいるようだった。本来なら悪霊もボコボコに滅ぼしたいものだが、神様に止められていた。あくまでも自由意識で、悪魔か神様か選ばなければならない。だから、神様も悪魔や悪霊の動きもある程度放置していた。洗脳や強制ではなく、自分の意思で神様の方を選んで欲しいようだった。
「その占いの悪霊のおかげか、隣の市では新たの占い師もぽこぽこ増えているようで」
「そっか…。それは、困ったね……」
ここでようやく蒼は、作業する手を止めて、顎に手をやっていた。
「でも、先輩? うちらは所詮、縁の下の力持ちです。いくら占いの悪霊がヤバいと思っても、神様の指示が無ければ、どうしようも無いです」
「だよね……」
蒼は複雑な表情を浮かべていたが、こればっかりはどうしようも無い。
「じゃあ、俺はこれから一旦天界に戻ります」
「ありがとう。またよろしく」
「ええ。なんか次は先輩のご褒美、神様がスペシャルなご褒美を用意しているらしいですよ」
「本当?」
「ええ。俺も詳しくは聞かされておりませんが」
悪霊の話題で暗くなりかけていた蒼だったが、はじめて笑顔を見せた。やはり、我々は神様という言葉に限りなく弱いようだった。