第152話 良心とマリトッツォ(1)
文字数 2,017文字
川口小夜は、会社経営者の秘書をやっていた。会社経営者というと、中年のおじさんをイメージする人も多いだとうが、小夜の上司は二十五歳の女性だった。元々小夜と同級生で、幼馴染と言ってもいい存在だった。
小夜の上司は、小森絵名という。元々ネットのインフルエンサーとして人気だった。ファンも多いがアンチも多く、何回か炎上を繰り返した後、経営者になった。主に飲食店を経営していて、今が高級食パンの店も持っている。高級食パンの店はネットでも話題になり、絵名は経営ノウハウなどを纏めた本は、本屋で山積みになっていた。講演会などの依頼もかなり多忙だった。年収は、二十五歳の普通の女性では稼げない金額だろう。
可愛らしい見た目に反して、絵名はかなりのやり手だった。そばで見ていた小夜もドン引きする事もあったが、事業は順調だった。
「小夜、少しやって貰いたい仕事があるんだけどいい?」
ある日、オフィスで伝票の整理などをやっていたた、絵名に呼び出された。誰もいない会議室に二人に向かう。会議室には、なぜか神棚が飾ってあった。絵名は無宗教の日本人だが、毎日神棚を掃除し、熱心に祈っていた。広い会議室ではないが、部屋の隅には盛り塩があり、どうもスピリチュアルな雰囲気が漂う。絵名も手首にパワーストーンを巻きつけ、スピリチュアル系のセミナーにも頻繁に通っていた。
そばで見ている小夜は、何でこんな事をしているのか謎だが、確かに効果はあるらしい。絵名が神棚に祈ってから、大きなチャンスが巡ってきた事もあった。絵名本人は「私は無神論者」と言っていたが、神棚に拝む時点で、神の存在は認めているとしか思えなかった。
一般的にスピリチュアル は、胡散臭い印象だろう。小夜の周りも友達でも、御朱印集めやパワースポットにハマっている女は、どうも不幸そうな雰囲気が漂っていた。成功している様子も結婚している様子もない。むしろ、どんどん不幸になっているように見えた。
一方、絵名は順調に成功している。こんな落差を目の当たりにすると、スピリチュアル的な世界も完全なピラミッド世界なのかもしれない。もしかしたら、スピリチュアルにハマる不幸な人達の念とかパワーとかを吸い取って、一部の絵名みたいな人が成功しているんじゃないかと思ってしまう。絵名以外の会社経営者も、こう言ったスピリチュアルにハマっている人が多い。意外とカルト信者も多い。これも末端信者を養分にして、一部の上の人が得するシステムなのかもしれない。どんな基準で末端の奴隷になるか、一部の上になるのかは、わからないが。
「やって貰いたい仕事って?」
「うん、この地域にある『福音ベーカリー』っていうパン屋を潰したいんだよね」
「は?」
絵名は小夜に、資料を見せてきた。関東の中核市・穂麦市にある小さなパン屋だった。外観は可愛らしく、メルヘンな雰囲気が漂う。住宅街にあり、地元密着型のパン屋らしい。今の店主は、橋本瑠偉という若い男だが、なぜかコロコロと店主は変わっているらしい。それでも、美味しいパンと店主の人柄で、近隣から愛されているらしい。店主がクリスチャンで、聖書関連のパンなども売っているようだ。
「このパン屋が何なんですか?」
絵名が相手にする理由がさっぱりわからない。まして、絵名が経営する高級路線に「悪魔のパン屋」と似ているところも無く、潰す必要なぢも無いはずだが。
「実は、スピリチュアルカウンセラーの一子先生にアドバイス貰ったのよ。このパン屋を潰すようにって」
絵名は、一子というスピリチュアルカウンセラーに会社経営のアドバイスも貰っていた。これは極秘でやっている事で、絵名本人と小夜ぐらいしか知らない情報だった。確かに一子のアドバイスは的確で、彼女の言う通りにしたことは、上手くいく事が多い。神棚やスピリチュアルのセミナーに参加する事も、一子の入れ知恵だった。
「えー、潰すって。何で? そこまでする事なんですか?」
小夜は一子の意図もさっぱり分からず、首を傾げた。
「でも、一子先生の命令は絶対だし」
金髪でカラコンを入れ、どちらといえば派手なルックスな絵名だが、こうして見ると、何かの奴隷に見えた。気も強く、口も決して良いわけでは、ないが。
「という事で、近隣に噂とか調べてきてくれない?何か弱みがあったら、すぐ報告して」
「もしかして、その福音ベーカリーの近所、あるいは跡地に『悪魔のパン屋』を進出するとか?」
絵名は過去に似たような事をしていた。出店する店舗の近くにライバル店があると、使えるものを全部使って潰していた。これも一子の入れ知恵でやっていた事だが、小夜としては、あまりやりたくない仕事だった。こう言った仕事をしていると、心がチクチクと刺激される。罪悪感というか、良心みたいなものは、小夜の内にあるようだった。
「わかりました」
こんな事して何か意味があるんだろうかと、虚しくなってくるが、断れそうになかった。
小夜の上司は、小森絵名という。元々ネットのインフルエンサーとして人気だった。ファンも多いがアンチも多く、何回か炎上を繰り返した後、経営者になった。主に飲食店を経営していて、今が高級食パンの店も持っている。高級食パンの店はネットでも話題になり、絵名は経営ノウハウなどを纏めた本は、本屋で山積みになっていた。講演会などの依頼もかなり多忙だった。年収は、二十五歳の普通の女性では稼げない金額だろう。
可愛らしい見た目に反して、絵名はかなりのやり手だった。そばで見ていた小夜もドン引きする事もあったが、事業は順調だった。
「小夜、少しやって貰いたい仕事があるんだけどいい?」
ある日、オフィスで伝票の整理などをやっていたた、絵名に呼び出された。誰もいない会議室に二人に向かう。会議室には、なぜか神棚が飾ってあった。絵名は無宗教の日本人だが、毎日神棚を掃除し、熱心に祈っていた。広い会議室ではないが、部屋の隅には盛り塩があり、どうもスピリチュアルな雰囲気が漂う。絵名も手首にパワーストーンを巻きつけ、スピリチュアル系のセミナーにも頻繁に通っていた。
そばで見ている小夜は、何でこんな事をしているのか謎だが、確かに効果はあるらしい。絵名が神棚に祈ってから、大きなチャンスが巡ってきた事もあった。絵名本人は「私は無神論者」と言っていたが、神棚に拝む時点で、神の存在は認めているとしか思えなかった。
一般的にスピリチュアル は、胡散臭い印象だろう。小夜の周りも友達でも、御朱印集めやパワースポットにハマっている女は、どうも不幸そうな雰囲気が漂っていた。成功している様子も結婚している様子もない。むしろ、どんどん不幸になっているように見えた。
一方、絵名は順調に成功している。こんな落差を目の当たりにすると、スピリチュアル的な世界も完全なピラミッド世界なのかもしれない。もしかしたら、スピリチュアルにハマる不幸な人達の念とかパワーとかを吸い取って、一部の絵名みたいな人が成功しているんじゃないかと思ってしまう。絵名以外の会社経営者も、こう言ったスピリチュアルにハマっている人が多い。意外とカルト信者も多い。これも末端信者を養分にして、一部の上の人が得するシステムなのかもしれない。どんな基準で末端の奴隷になるか、一部の上になるのかは、わからないが。
「やって貰いたい仕事って?」
「うん、この地域にある『福音ベーカリー』っていうパン屋を潰したいんだよね」
「は?」
絵名は小夜に、資料を見せてきた。関東の中核市・穂麦市にある小さなパン屋だった。外観は可愛らしく、メルヘンな雰囲気が漂う。住宅街にあり、地元密着型のパン屋らしい。今の店主は、橋本瑠偉という若い男だが、なぜかコロコロと店主は変わっているらしい。それでも、美味しいパンと店主の人柄で、近隣から愛されているらしい。店主がクリスチャンで、聖書関連のパンなども売っているようだ。
「このパン屋が何なんですか?」
絵名が相手にする理由がさっぱりわからない。まして、絵名が経営する高級路線に「悪魔のパン屋」と似ているところも無く、潰す必要なぢも無いはずだが。
「実は、スピリチュアルカウンセラーの一子先生にアドバイス貰ったのよ。このパン屋を潰すようにって」
絵名は、一子というスピリチュアルカウンセラーに会社経営のアドバイスも貰っていた。これは極秘でやっている事で、絵名本人と小夜ぐらいしか知らない情報だった。確かに一子のアドバイスは的確で、彼女の言う通りにしたことは、上手くいく事が多い。神棚やスピリチュアルのセミナーに参加する事も、一子の入れ知恵だった。
「えー、潰すって。何で? そこまでする事なんですか?」
小夜は一子の意図もさっぱり分からず、首を傾げた。
「でも、一子先生の命令は絶対だし」
金髪でカラコンを入れ、どちらといえば派手なルックスな絵名だが、こうして見ると、何かの奴隷に見えた。気も強く、口も決して良いわけでは、ないが。
「という事で、近隣に噂とか調べてきてくれない?何か弱みがあったら、すぐ報告して」
「もしかして、その福音ベーカリーの近所、あるいは跡地に『悪魔のパン屋』を進出するとか?」
絵名は過去に似たような事をしていた。出店する店舗の近くにライバル店があると、使えるものを全部使って潰していた。これも一子の入れ知恵でやっていた事だが、小夜としては、あまりやりたくない仕事だった。こう言った仕事をしていると、心がチクチクと刺激される。罪悪感というか、良心みたいなものは、小夜の内にあるようだった。
「わかりました」
こんな事して何か意味があるんだろうかと、虚しくなってくるが、断れそうになかった。